上司との相性

「前の上司の下ではリーダーとしてうまくいっていたが、今の上司が異動してきてからは、相手の話が頭に残らないことも多く、勘違い行動をしてミスをしてしまうことが増え、上司から信頼を得られない」というような人がおりました。

仕事ぶりが変わらないのであれば、これはコミュニケーション以前の、リーダーとの相性を考えないといけません。これはなかなか難しい面があります。

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相性というのは、詰まるところ、お互いの行動基準(感受性と呼ぶ)が異なることから生じます。感受性が違うと、細かいところがあれこれ異ってきます。

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行動パターンばかりでなく、思考パターン、物事にたいする好みも異なります。ですから、つきあうに従い、大きな不満や違和感が生じてしまいます。

こういうとこには、ともかく相手の感受性を理解する必要があります。そうすれば、ある程度理性的な対応が可能になります。

残念ながら、部下はリーダーの行動基準に合わせて仕事をするしかありません。それがいやなら、異動するか会社を辞めるか、そんな行動しかなくなります。

人間の行動基準については、L研リーダースクールの初等コミュニケーション科で学べます。

ひとつのケースをご紹介しましょう。

■新しい営業所長が異動してきました

いままでの所長は、訪問計画書をさっさと書いて、すぐに外回りをすればよかった。計画書や報告書は薄ければ薄いほどよいと言っておりました。それに、事務所に営業マンがいると怒り出しました。

ところが、こんどの新任所長は、きっちりした計画書をつくらせ、しかもそれぞれについて微に入り細に入り質問するのです。

その質問がまたねちっこい。そんなことを聞いて所長はそれを何に使うのか。みんな不思議に思うのですが、それがわからないと不安らしいのです。おかげで営業マンは外回りをする時間がとれないとぼやきだしました。

前の上司は5種タイプの行動家。新任所長は2種の頭脳派でしょう。感受性タイプによって、求めるものや好みが違ってくるのです。そういうことを学んで、的確に相手の感受性を判断し、相手の行動基準に沿って説得したり話をするのが人間行動学です。

人間の行動基準はちょっとのことでは変えられませんから、相手の感受性に従って、こちらの意を述べるなり行動しないといけません。

コミュニケーション以前の問題

物事には機というものがありますね。コミュニケーションにもそういうところはある。その機をいかに捉えるかということが大事でしょうね。

これは『リーダーの暗示学』に載せた私の例ですが、ある外国の運送会社が日本の航空会社に荷物の輸送事業の提携をもちかけたことがありました。

そのとき、運送会社に雇われた香港のコンサルタントが、日本の航空会社にプレゼンをするというのです。

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で、私は付き添ってくれと言われて、プレゼン会場に行きました。

私は裏の事情を何も知らされず、まあ傍聴人みたいな感じでおりました。

そういうのは実にくだらない仕事すが、まあ事情もあったから仕方なくでしたね。

こうして、会場で日本人に対してプレゼンが始まるわけです。

ところが、事前に根回しも何もなくプレゼンが始まったようで、日本人の方は初耳のことばかりのようなんです。

そして、驚いたことに、まだ日本の会社がなんの反応も示さないうちに、コンサルタントは、業務調査をしようと言い始めました。

その調査の量たるや半端じゃないのです。相当本気でないとできない調査でした。

会場の日本人の顔がだんだん険しくなってくる。

ああ、こりゃダメだなと思いました。実際そうなりました。

このコンサルタントはなんで断られたかわからないと言っていましたが、ひどくへぼなコンサルタントでしたねえ。

コミュニケーションしようにも、前段の準備無しでは話にならないんですね。

人間関係をつくることも必要だし、どんなメリットがあるかをよく説明することも必要でしょう。提案というのは、相手の気持ちが高まらないとなかなか受け入れられるものではありません。

そういうのを抜きに、いきなり「買ってくれ」では、通らないのは当たり前です。

コミュニケーション上手は質問上手

コミュニケーションにおいては、質問することも、とても重要なツールになります。

質問されると、相手はいやでもそれに対して、意識を集中するようになります。

相手の思考をそこにもってくることができます。

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ですから、有能な営業マンは、顧客に対して質問を非常にうまく使えるようです。

「この種のサービスでは、○○のところが問題になりませんか?」

まあ、これは質問しているのではないわけです。答えはわかっている。

それで顧客がYESと言えば、

「我が社のサービスに○○対策をとったものがあります」

と、こうつづくわけです。

ほかにも、質問の使い方はなかなか興味深いものがあります。

たとえば、多くの人はピンポイントの質問をするのがよいと思い込んでしまう嫌いがありますが、わざと漠然とした質問をすることもありえます。

漠然とした質問というのは、実は何も聞いていないのと同じです。

それではなぜ使うかというと、何も聞かれていないのですから、相手は自分の思っていることを答えるしかない。

つまり、漠然とした質問は、相手がいま何を考えているかを知るよい手がかりになるということです。

コミュニケーションの戦略と戦術の違いを理解する

戦略と戦術は常に分離して理解されなければなりません。

コミュニケーションでも同じです。

これを簡単にいえば、嘘も方便ということにもなりますか。

以下は拙著『伝動戦略』よりとりました。

中国拳法では、乱暴者で手に負えない弟子を破門するとき、師匠はけして「お前は首だ」とは言わない。

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コミュニケーションに影響を与える状況の設定

コミュニケーションの目的は、お互いの理解ということでしょう。となれば、相手の感受性にふさわしい話し方をしないといけないわけです。

数学にちんぷんかんな人に、数字や数式で話しても理解されないでしょう。それよりは、「東京ドーム100個分だ」などと言った方がわかりがいい。もっとも、こんなのは感受性の理解以前の問題ですが。

さて、コミュニケーションにおいては、状況の設定について考察することもとても大事です。

これはコミュニケーション以前の問題であり、「交渉のノウハウ」というような本によく出てくるテーマですが、コミュニケーションを研究する者にとっても役にたつことが多いでしょう。

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論理的に話すことがどれだけ意味があるのか?

論理的に説得するという言葉を、よく聞きます。ロジカルシンキングというのでしょうか、そういう類の本が書店でもよく見られます。それで商売している人も大勢います。しかし、世間で考えるほど、その適用範囲は広くないと私は思っています。

そもそも「論理的に説得する」という言葉に、私はものすごく違和感を感じます。

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この場合の「論理的」というのは理路整然と、ということでしょう。しかし、理路整然と話されて納得する人がどれくらいいることやら。

その場ではそうだなと思うかも知れませんが、「俺はそんな負け犬のようなやり方はいやだ」とか「私はそんなんいやや、好きじゃない」という人が必ず出てきます。

いま去就が心配されている大リーガーの松井秀喜選手ですが、彼が高校生で甲子園に出たときのエピソードです。

明徳義塾高校の監督は松井と対戦する投手に「全部敬遠しろ」と命じました。結局、松井は5打席全て敬遠でした。

これにはスポーツ新聞が騒ぎました。世間も大騒ぎでした。

「高校生らしくない」「なぜ勝負しない」

そんなとき、私の仕事仲間のAさん、いかにも2種的な人でしたが、私に話しかけてきました。

「ルールどおりやって、何が悪いんだよ。世間は本当に感情的だよ」

鼻でせせら笑っておりました。

2種のAさんにとってみれば、明徳の監督がルールどおりやっていて非難されるのが、腹立たしかったようです。また、感情的に騒ぐ世間がバカに見えたのかもしれません。

あんまり、しつこく言うので、私はついからかってやりたくなりました。これが私の悪い癖。

「世間は、たしかに感情的だ。でも、これからはますます感情的な世の中になるよ、きっと。だから、そういう人たちを敵にする人は、生きていくのは大変だろうね。世の中から袋叩きにされて、相手にされなくなるかもしれないよ、気の毒に」

そう言ったら、この人は急に顔が青ざめ、目が泳ぎだしました。

逆説的な言い方ですが、人はみな合理的なのです。その行動基準においてみな合理的に行動します。

そのことを理解してコミュニケーションをすることが、本当の意味での「論理的に話す」というだと私は思います。

 

詰まるところ、感受性の勉強をしなさい、ということですね。

コミュニケーションの前に考えるべき仕掛け

今日は拙著『先見力訓練法』から話題をとってきました。

第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦やドイツ戦線で活躍したパットン将軍をご存知ですか?

パットン戦車軍団とかなんとかいう映画にもなったくらいですから、名前くらいは知っているかもしれませんね。

パットンは勇猛果敢で訓練が厳しいことで有名でした。そのパットンは兵士の士気についてずいぶん研究していたようです。もちろん学者じゃないので、非常に現実的な対処法の研究です。そこで、その一部をご紹介しましょう。

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「上級将校ができるだけ前線視察することを勧める」

「姿を見せる将校の階級が高いほど、また護衛の数が少ないほど、兵士に与える効果は高い。視察にある程度の危険が伴うなら、その価値はさらに上がる」

前線に出かける将校にはこう忠告しています。

「後方へ戻る姿を絶対見せるな」

したがって「前線へ向かうときは皆に見えるようにッジープに乗り、帰りは飛行機にしろ」

こうやってみると、なるほど天皇陛下が被災地の人たちを慰めに出かけられたのは、誠にありがたく思われるわけです。

ところが、菅前首相が原発の事故現場に出かけて、これは大ひんしゅくをかいました。お邪魔虫になってしまったのです。

前線に出かけるタイミングというものも考えないといけませんかね。企業の社長が地方支店まわりをするときなんかも、お邪魔虫になっている人は多い。

パットンはほかにもこんなことを言っています。

「寒中でも、将官は兵士より暖衣を身につけているという印象を与えぬように」

枝野前官房長官なんか、原発事故後、はじめて福島に出かけたとき、完全放射能防護服で行ってました。

迎えに出てきた福島の人たちは防護服なんか着ていませんから、福島の人はずいぶん違和感があったことでしょう。あそこは無理してでも防護服はとらなければなりませんでした。

コミュニケーションスキル(叱る技術)以前のリーダーの態度を考える

リーダーが用いるコミュニケーションスキル――ほめ方、叱り方などですが、これには定石があります。

「ほめるときは100パーセント、ピタッと当ててほめる」、「叱るときは70パーセント程度に当てるだけにする」というのが定石なのです。

ほめるときは、相手がほめてほしいと思っていることをピタッと当てなければ、相手に感動を与えられません。これができるためには、相手の感受性を理解していると効果があります。

一方、叱るときは、急所を少しはずして叱るべきです。もろに急所を突かれると、相手は立ち上がれなくなるか、さもなければ逃亡してしまいます。

実は、私はこの件で大失敗したことがあります。以下は『リーダー感覚』に書いた私の失敗例です。

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ある人が「戦略案をつくっても、ラインがそれを採用してくれない」と、愚痴をこぼしたのを聞いて、私は「あなたの戦略策定能力に、どこか弱点があるのではないか」と言いました。

すると、相手は猛反発しました。

このような反応は、実は私の指摘が図星だったからです。自分の身を守りたいと思うと、人間はそうやって猛反発するものなのです。しかし、相手がそのような反発を示したのは私の失敗でした。

欠点を指摘するときは、相手を選んで慎重にしなければいけないといつも言っている私が、失敗してしまったのです。

しかし、私が失敗したのは、相手の心の余裕を見損なったからではありません。実は、相手が生意気で小憎らしいと思ったから、つい嫌味を言ってしまったのです。

度量が小さいリーダーは、部下を認めずに批判したり嫌味を言います。批判や嫌味を言うのは、部下と同列にいて、部下と競争しているのと同じことです。リーダーはそういうことをしないよう、常に自分を戒めていなければなりません。

L研でコミュニケーションの勉強をすると人間力がつく

コミュニケーションを勉強したって、ふつうは人間力はつかないでしょう。人とスムーズに付き合えるようにはなるでしょうけどね。

L研リーダースクールの研修コンセプトは、まず人間を見る力をつけること。

そのためには、人間の行動基準をきちんと把握しないといけません。

野口晴哉の体癖論では、行動基準は大雑把にいって10種類あるとされています。

これを頭に入れて、しかもある程度的確に当てられるようになると、人間がかなり見えてきます。

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プロとアマの違いはなんだかわかりますか?

それはどれだけ細かい質の違いを見分けられるか、ということ

テレビで囲碁や将棋の番組を見ていると、解説者があれこれ言います。

強い人が解説者になると、「あ、この手はおかしい」とか言って、すぐ「形勢が傾いた」などと言ってくれます

ところが、ふつうに強い棋士が解説すると、「うーん、まだ、わかりません」となる

プロの間でもそうなんですから、いかにトップレベルの人は質の違いを見極める目がすごいか、ということですね。

人間を見る目も同じでしょう

同じように話していても、関知する情報が全然違うはずです

とにかく、体癖論を学ぶと人間の違いがわかり、いろいろな場面で応用がきくようになります。

コミュニケーションのために、これを使うのも有効なことはもちろんです。

相手の志向がわかりますから、それを先回りしてコミュニケーションを構築していけばいいからです。

しかし、これは技術的な側面です。

いろいろな人間がいるのがわかるようになると、比較的腹が立ちにくくなります。

「この男ならこういう行動をとるのが当然だな」と思えるようになるからです。

もちろん、腹が立たないことなどありえませんが、まあいくらかは精神衛生上よくなるでしょう。

いちばんの効果は、人間が一人一人違うのだ、ということがわかること。

多くの間違いは、十把一絡げに人間を扱おうとすることにあります。

医学や保健の世界でもそうなんですから困ったものです。

食事をうんととらないといけない人(消化吸収力の弱い人)と食事が少しですむ人(消化吸収のよい人)がいるわけです。

それを、一律に扱う栄養学は、本当はあまり役に立たないはずなんですよ。でも、実際は一日何カロリーとらないといけないとか言いますね。

これはあくまで一例ですが、教育に於いても、スポーツにおいても、一人ひとり細かい目で見ることができるようになることは、指導者にとってとてもよいことです。

ほめなくてもほめたことになるコミュニケーションとは

みなさんは、上司やベテランの人をほめることができますか?

自分より力量がある人に対してほめるのは難しいと思いませんか?

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たとえば、新人の職人がベテランに「うまいっすねえ」と言ってもそれほど喜ばないでしょう。

しかし、そのベテランも目利きのできることで定評のあるお客さんからほめられれば、これは喜ぶはずです。

やはりそれぞれレベルという者があります。上位のレベルの人にとって下位レベルの人から何かほめられてもたいしてうれしくないでしょう。

では、下位レベルの人は、どうやって上位の人とつきあえばいいのか?

私がお勧めするのは、熱心に相談することです。

ただし、ただ「答えを教えてくれ」という態度では、相手にされません。

だいたい、上位者は「なんで、こんなことがわからないのか」と思っていますから。

そこで、相談する側は十分に研究し、それでもわからないことがある、といって相談をもちかけないといけません。

質問するにも真剣な態度を見せなければ、信頼は到底えられないものです。

上位者にとって下位者の価値というのは、自分にないものをもたらしてくれることです。

技術では問題になりません。しかし、たとえば、自分にとって考えもしないものの見方、ものごとを探求する情熱などを見せられれば、下位者であっても評価してくれるものです。