希望のゴールと障害克服のゴールを選択する

先日、希望駆動型と危機駆動型のリーダーがいると説明しました。 こちら

チーム運営のゴールについても、希望追及型と障害克服型があり、どちらを選択するかはとても大事になります。それは、状況によると思います。

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だいたい世の中のゴールとはなかなか難しいことが多い。難しいからこそゴールとして設定するわけでしょう。

この難題を解くには、一足飛びではいけません。そこで、ステップに分けて行う必要が出てきます。途中の段階でのサブゴールを設けます。

つまり、「Aができたら、次ぎにB,Cともっていき、最後にGoal到達だ」という説明をする。

工程表と呼ばれるものも、この一種でしょう。

さて、この途中段階のサブゴールでは、希望を追及するか、危機を乗り切るかの選択をします。

一言で言えば、メンバ-が自信がないときは希望追及の方がよい。自信のない人に危機を克服せよと言っても、元気が出るわけがない。

一方、自信があるときは、危機乗り切り型がよい。少しぐらい無理を言っても、「やってやろうじゃないか」と頑張ってもらえる。

そのあたりの空気をリーダーは読まないといけません。

ただし、それぞれはサブゴールですので、最終ゴールがないと話になりません。これがないから日本政治はどうにもならないといえます。税と社会保障一体化にしても、原発再稼働にしても。

拙著『成功を確信させる暗示型戦略』は、このあたりを取り上げていますので、参考にしてください。

部下の集中力を高めるためのコミュニケーション

心が散漫になると人間は力を発揮できませんね。

あれでもない、これでまないと、あれこれ迷う。そうなると、迷って迷ってこころが落ち着かない。

これが心が分散しすぎている状態。

こういう場合には、心を限定させればよいのです。

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もっと簡単にいえば、ひとつのことだけ考えさせるように仕向けるのです。

よくリーダーが言いますね。

「お前は仕事だけやってくれ。結果の責任はおれがとる」

これなどは、心を限定させてる会話といえるでしょう。

人間が心を分散させるシチュエーションはいろいろあるでしょうが、結果と行為の両方を考えるというのは、その典型でしょう。これはかなり心が分散します。

個人でもこういうことは考えなければなりませんが、チーム運営においてもリーダーはメンバーのことを考えないといけないでしょう。

また、リーダーがあれもこれもと、手を打っている姿を見ると、メンバーは不安になります。

もっとも強いのは、「これしかない」と思ってやることなのです。

野田総理が曲がりなりにもここまでもっているのは、そのためです。

しかし、消費税がすんだらそういう気持ちでいられるかどうかですね。

危機感で人を動かすか、希望で人を動かすか

4,5年前ですが、エコノミストの竹中正治さんが、日本人のリーダーは「危機感駆動型」だと言っておられました。

「『このままではお前(日本)はダメになる!』『危機だ!』と言われると強く反応して動き出す」

「『危機・没落に直面しているのだから構造転換(改革)しないと日本はダメになる』なんて議論は、戦後を通じて何度も形を変えて繰り返されてきた」

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これに対して、「米国人に多い類型は『希望駆動型』で、『できるじゃないか!』『ステップアップできるぞ!』と励まされると強く反応して動く。

エコノミストも、米国では毎度楽観的な見通しを言う連中がなぜこうも多いのかと、竹中さんは首を捻っています。反対に日本のエコノミストには、どうして「危機の預言者」みたいな連中がわんさといるのか、ですと。

政治も同じだそうです。日本の歴代首相や政治家は、「まず危機感の強調から始まるタイプが多い。『日本はこのままではダメになる!』方式となる。

一方、米国の大統領、政治リーダーたちはどんな困難な状況でもまず希望を語ることから始める。『私のリーダーシップを受け入れるならば、難局は打開できる』と、まず希望を語るのが米国のリーダーの資質だ」

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上の文章を読み返すと、いまでも変わらないなあと思います。

アメリカのオバマは、リーマンショックのあとでYes,We canでしたね。

野田総理は財務官僚に丸め込まれたかどうかしりませんが、「今決断しなければ日本が危ない」としきりに言っています。

税と社会保障の一体化なければ、日本の未来はないとかなんとか言いながら、社会保障の未来像はこれから考えるだそうです。

原発再稼働もそうでした。「このままでは電力需給が危ない」

ただし、「では根本的にどうしたらよいか」という希望のビジョンがないから、「危ない、危ない」というただの脅しになる。

そして、脅しておいて、「だから自分の言う事を聴け」だけになる。

どういう状況で希望と機器駆動を使い分けるべきか、またそれぞれどういうように計画をつくるべきか、考えてみれば私は拙著『暗示型戦略』にそのあたりをていねいに書いていました。

コミュニケーションスキル以前

小倉久寛さんがまだ売れていないころ、コマーシャルの仕事が入りました。

それは慣れないサラリーマンの役。

(実際、若い俳優のなかには、背広が全然似合わない人がいますね。ふだん着慣れてないからなんでしょうね)

いざ撮影が始まったのに、監督からなかなかOKが出ない。そのうち「ちょっと休憩しよう」という声が監督から出たそうです。

その休憩中に小倉さんは監督に呼ばれて「君、今日はもういいよ」と言われる。

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どうなるんだろうと思って、撮影再開後の様子を見ていたら、自分の役をなんと自分のマネジャーがやっていたんだそうです。

このときは、ものすごいショックを受けたそうです。それはそうでしょう。役者じゃない人が自分の役をやってるんですから。

それ以来もう自信喪失。毎日が暗闇。それで、劇団のトップの三宅裕司さんにわびを入れにいったそうです。すると、こう言われた。

「まだ小さいうちに失敗してよかった。大きくなってこんな失敗をしたらたいへんだった」

これを聞いて、小倉さんはすごく気が楽になったそうです。そして、このときの三宅さんの言葉を一生忘れないと言っています。

この例は、「今の小さい自分、小さい劇団」という世界に対して、「ビッグになった大きな世界」を提示して、失敗を相対的に小さく見せているわけです。

暗示の技術論としてもたいへんおもしろいのですが、それ以上に三宅さんのリーダーとしての資質を認めるべきでしょうね。

もし三宅さんがこのとき怒鳴ったら、小倉さんは終っていたかもしれませんね。

失敗したとわかっている人を怒るのは、たいがいが自分の鬱憤晴らしにすぎませんね。

呼吸の間隙をつく効果とその勉強法

升田さんという将棋の名人がいました。ユニークな風貌の人で、勝負師らしい感じで、話もおもしろかった。

その升田さんは肺をやられていて体力がないため、軍隊はずいぶんいじめにあったそうです。

銃剣術の訓練のとき、訓練をする前にどんと体当たりを食らわされて体力を消耗させられ、そのあと剣道の試合をするのですから、とても勝てない。

そこで、升田さんは考えた。軍曹が息を吐いたときに打ち込むことにしたというのです。間合いを詰めておいて、向こうが息を吸う、ついで吐こうとする、その瞬間をねらう。

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イチコロだったそうです。それ以後、軍曹のいびりがなくなったそうです。

「これは人間の本能的な生理なんですね。息を吸うときというのは、所作が早いんです。しかし吐くときは、力が弱る。これは活動神経がとっさにゆるむんですな」

これを将棋の盤に向かっているときも使うようにしたそうです。

木村名人との対局のときです。終盤になってお互い時間がなくなって、秒読みになっていた。たぶん一手を一分間とかの短い時間で打たなければいけない状態になっていたのだと思います。

木村さんはタバコを吸いながらやっているから、吐く息、吸う息がよくわかったそうです。そこで、「その呼吸の間をはかって、息を吐こうとした瞬間に、バシッと駒を打つ。すると木村さん、ハッとするわけだ」

これを何度も繰り返していくと、木村名人の思考が狂ってきたそうです。

こういうのを会議や会話で使えれば相当有力でしょう。ただ、吐く瞬間をとらえるのは難しい。今か今かと見ていると、「あ、もう息吐いちゃった」となります。私はうまくできません。

升田さんが夜這いの名人から聞いたところでは、

「寝とる女の呼吸にあわせて、つまり息を吐いたときにふとんのすそを少しずつまくると、相手にきづかれずにやれる。吸うときにやると、これはもう一発で目をさまされるそうです」

あなたも呼吸の間隙をつかむ稽古をしたくなりました? 人間興味のあることをやると、進歩が早い。これが勉強のコツですけどね。

よい聞き手はよいコミュニケーションができる

少々古い記事ですが、「よい聞き手になるための課題探しのリスト」というものがありました。(週刊東洋経済2007.2.17、44ページ)

■私は人の話を聞くのが好きだ。人が話しているときは、うなずいたり、ほほ笑んだりして興味を示し、相手の話を促す。 ====
(ふーん。おもしろくもない話には、私は露骨に無関心を示すか、すぐ寝てしまいます)

■興味がなかったり、自分と共通点のない人の話でも注意深く聞く。
(私ならうわのそらで聞く。聞いているような顔をしてほかのことを考えるのが私の特技です。もちろん、何を聞いたかまったく思い出せません)

■うるさい場所にいる場合、静かな場所に行くことを提案するなどして、話を聞くときは、気が散るような状況や場所は避ける。
(聞きたくもない話のとき、私は気が散るような状況や場所を好む)

■話しかけられたら、自分のやっていることを止めて、相手に完全に注意を向ける
(忙しいのになんで話しかけるんだ。しばし待て、と怒鳴る)

■人が話しているときには、相手が全部話し終えるまで時間をとる。途中で口を挟んだり、何か言おうとしているかを先走って口にしたり、いきなり結論に飛びついたりするようなことはしない。
(くだらない話は早く切り上げようと、途中で口を挟んだりして、何とか相手の話の腰を折ろうとすることもあります)

結論を申し上げると、このリストのような人間になることは、私にとっては、まさに人生修行をさせられる以外の何物でもありません。よほどの聖人にでもならなきゃ、人の話しはまともに聞けないのだと思えてしまいますね。

そこまでして人の話を聞くなんて、真っ平だ。ああ、いやだ。不快、不快のオンパレードだ。くだらない話は適当に切り上げろ。いい話だけ聞け。

ただし、部下を指導するためには、部下の話を聞かないといけないときもありますよ。そこはお仕事であるというプロ意識と、部下を成長させたいという願いがないとできませんね。

コミュニケーションとマネジメントの組み合わせ

整体の先生が弟子に「お風呂を見てきて」と言ったら、

「はい」と言って、しばらくして

「見てきました」

そこで、師匠が風呂に入ったら、まだ水。

「何見てきたんだ」と怒鳴ると、悪びれず答えたという。

「ちゃんと見てきました。水は入っていました」

こういうのは国語力の問題。あまりこういう言い方に慣れない人だったのかもしれませんが。

ここまでひどいかどうかともかく、言われたことしかやらない部下は結構いるようで、リーダーは苦労しているらしい。

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いわれたことしかやらない部下にどう接するか(プレジデントオンライン) – goo ニュース

これは、コミュニケーションの問題というよりも、マネジメントの問題かもしれません。

そもそも職場において創意工夫をしあう雰囲気がない、ということがあるのではないでしょうか。

創意工夫をうながすには、そもそも仕事がおもしろいと思っていないと難しい。そのあたりの工夫を考えないといけないでしょう。

あるいは、どうしたら仕事がおもしろくなるか。

もちろん、コミュニケーションの領域でも問題があるでしょう。

せっかく工夫しても、リーダーが「そんなバカな方法はおかしい」と批評したり、認めなかったりすれば、部下は二度とアイデアを出そうとはしないでしょう。

大事なのは、チームの中で創意工夫をよく行う人を、リーダーは積極的に褒めること。

そうすると、チーム全体が、「創意工夫」に意識が向くようになります。

この点では、上の記事を書いた人にまったく同感です。

論理思考とコミュニケーション

4年前にお世話になった編集の方が、またお声をかけてくださいました。それで、今月末に発行される看護主任さんを対象にした雑誌に、私の記事を書かせていただきました。

特集記事のひとつですが、それは『頭を柔軟にして主任業務に取り組む!「論理的思考」活用術』

そのなかの記事のひとつで、タイトルは『なぜあの人には説得力があるのか? 主任に求められる「説得・交渉」のスキル』

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kangogyoumu

目次はこちら

こちらのブログで紹介しているテーマとかなり重なります。

専門誌ですので、大方のみなさんの目に触れることはないでしょうが、もし看護関係の方がいたら、お読みいただければ参考になるかもしれません。

ここで私が言いたかったのは、論理思考を学ぶのはいいとしても、いざ説得だとか交渉の場面になったなら、それをそのままストレートに出してもダメだよ、ということです。

重要なことは、説得のプロセスを知り、それにのっとって話を進めること。

いきなり、「これをやってくれ」などと命令口調では、相手もすんなり受け入れません。そこは、いろいろ段取りをしないといけませんね。

それから、相手の感受性に合った話の構成を考えることです。相手の価値観にあった話し方をしないといけないということですね。これはいつも私が言っていることです。

たとえば、学者肌のタイプですと、そもそも論からはじめて順序よく展開しないと理解できません。

一方、経営者によくあるタイプだと、はじめに結論をズバッと言ってあげないと、いらいらしてきますね。

そういう人間の感受性を学び、見抜く力をつけることがリーダーにはとても大事になります。

コミュニケーションの原点とは

コミュニケーション力をつけるには何が必要か?

一言で言えば、人への関心ということでしょう。

ところが、ほとんどの人が、自分に対する関心、に陥っています。

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そもそも、リーダーとは人に動いてもらってはじめて仕事の成果を得るものです。

ならば、人に対する関心がなければ話にならない。

それを自分の業績ばかり考えていたら、人は動きませんよね。

これは営業マンが、顧客が何を求めているかを必死に考えずに、自分の売り上げばかり考えているのと同じことでしょう。

では、人に対する関心をどうやったらもてるか?

いちばんよいのが、L研リーダースクールで行っているほめる訓練だと、私は思います。

ほめる訓練をすれば、いやでも相手の気持ちを分かろうとするし、もし相手が喜べば、そこに共感が生まれます。

こんなにリーダーにとってよい訓練はないと思っているのですが、どうしてみんなやらないのでしょう?

パーソナリティにかかわらずコミュニケーションはスムーズにできる

今日は、新任リーダーの悩みを取り上げてみました。

職場は、人材派遣の入れ代わりの激しさで、コミュニケーションの不足から団結できていない状況です。

そのなかで、リーダーシップスタイルについて、どうあるべきか悩んでいるようです。

仕事上でミスは決して許されないため高圧的な態度が適切なのか、それとも冗談交じりを含めた態度が適切なのか?

別のリーダーは冗談交じりでうまくやっているそうですが、この人はミスは絶対に許されない仕事柄、作業員の意識改革が必要であり、冗談話しはほとんどしないそうです。

情報が少ないので的確なことが言えるとは思えませんが、少々考えてみましょう。

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まず、リーダーシップスタイルですね。

これは、仕事の種類によって決まるケースと、リーダーのパーソナリティによって決まるケースがあります。

リーダーシップスタイルには、両極端があり、実際にはその中間が多いでしょう。

ひとつの極は、現場に一切任せてしまうこと。自由放任とでもいいますか

もう一極は、全部リーダーが決めてしまう独裁的スタイル。

行われているのは、多くの場合、その中間型でしょう。

仕事のタイプによってこれは変わります。

戦略的な問題は独裁型に近くないと難しいと思います。

新規市場への参入、あるいは撤退、合併――こういった類の問題を大勢で自由奔放に論議してもまとまりませんね。

一方、現場の仕事については、できるだけ現場に裁量を与えることが望ましい。

といっても、やり方は考えないといけません。なんでも無方針で好きにやらせるのではなく、品質管理はしないといけません。

そのために、仕事の目標、権限、責任などを明確にすることが必要です。このあたりは、コミュニケーションというよりマネジメントの問題です。

次は、リーダーのパーソナリティの問題。

信長に部下には自由裁量でやらせろ、などとレコメンドしても聞く耳をもたないでしょう。基本的に全部自分で決めると思っているわけですから。

一方、日露戦争で陸軍総司令官の大山巌などは、「児玉さんにお任せします」という感じでした。責任は自分がとるから、実務は一切部下に任せるといった感じ。オーナー企業で仕事は番頭さんにすべてお任せというのも、こんな感じでしょうか。

さて、上の問題でお悩みの人の場合、仕事の種類は現場中心で行う方がよさそうです。ただし、品質管理は相当細かくやらないといけないようです。

それをどのように行うのか。そこが、パーソナリティで決まるわけです。

この人は几帳面な人のようなので、細かく指摘しそうな感じです。

しかし、このパーソナリティはそう簡単には変えられないでしょう。冗談を言って、職場を和ませるような芸当も身に付けるのはそう簡単ではないでしょう。

そこで、私は自分のパーソナリティは活かしつつ、ほめる技術を学べばよいと思うわけです。

これによって、冗談を言わなくても共感は得られます。

こういう人は、まずL研リーダースクールの初等人間行動学科で学ぶとよいでしょう。