コミュニケーションにおける自尊心の処理

リーダーが指導したり説得をするとき人間について考えるべきことは、

1)ほとんどの人は自分に自信がなく

2)それに反比例するように自尊心が強く

3)そのくせ、あまり努力・勉強しない

ということでしょう。

ですから、まず自信をもたせる。そのためには、ほめることが必要ですし、自尊心を傷付けるようなことを言ってはならない。

拙著『リーダーの暗示学』で書いたことですが、自尊心の処理はなかなか気を使いますね。

自尊心とは、やさしくいえば、自分で自分をえらいと思うことである。したがって、自尊心もりっぱな観念である。

もう二昔以上前のことになる。私がスタンフォード大学の経営大学院に留学していたときのことであるが、最初の学期に、私にとって忘れられない事件が起きた。

====

必修科目で「組織行動学」というのがあって、学生は数人ごとにグループをつくり、与えられた課題を討議するよう求められた。私の属したグループでは、討議のあと、各人に仕事を割り振り、それぞれが分担してレポートを書いた。

ところが、メンバーのある女性(たしか弁護士の資格を持っている人だった)が、報告書をまとめる段階で、メンバーが書いたレポートを無断で添削してしまったのである。私はつたない英語を直してもらい、かえって有り難いくらいだったが、アメリカ人学生たちはおおいに自尊心を傷つけられたようだ。

スタンフォード大学に入学するアメリカ人は、アメリカの社会ではエリートである。外国人より、よほど入学するのが難しいくらいなのである。だから、彼らは自分を高く認めている。プライドが高く自尊心の塊のような人間なのだ。彼らのような人間を扱うには、特に慎重でなければならない。特に、文章に手を入れたりすると、彼らは人格を傷つけられたように憤慨する。

この事件がきっかけで、グループに亀裂が生じ、この女性を擁護する派と反発する派ができてしまった。私はなんとなく不穏な空気を感じながらも、英語がよくわからないから、一人蚊帳の外という感じであった。

そんな空気の中、あるプロジェクトが始まり、担当教授はグループ・リーダーを選ぶよう学生に指示した。我がグループは、いったいどちらの派から、誰をリーダーに出すのだろうと、私は人ごとのように見ていた。すると、なんと全員の総意で、私がリーダーに指名されたのである。青天の霹靂とはこのことだった。

対立した二つの自尊心が、互いの自尊心を傷つけないように、当たり障りのない人物を選んだのである。これって、まるでどこかの政治団体みたいじゃないか。まったく、世の中、日本人であろうがアメリカ人であろうが、やることは同じなのだとよくわかった。組織行動の授業の中で、これがいちばん勉強になった。

私は教授が何を言っているのか、またクラスメートが何を言っているのかよくわからないまま、否も応もなくリーダーの仕事をさせられた。私はどちらにも属していなかったから、どちらの派もサポートしてくれず、そのうえ下手をするとグループからほうり出されてしまう危険があったから、結構必死だったのである。

こういうグループメンバーの心理を、別の機会にレポートに書いて提出したら、教授からえらく評価された。