リーダーのコミュニケーション能力とは(7)

今日はコミュニケーション・スキルのなかの「認める技術」について述べます。

少々、人間の潜在的な観念について考えてみましょう。

人間行動を縛るのは観念です。「自分はダメだ」という観念を抱いている人は、そのとおりのことしかできません。

あるいは、「自分とはこういうものだ」と思っている人は、そういう行動しかとれません。世間一般の言い方で言えば、心の枠ということでしょうね。

自分で自分の限界を決めてしまう。それが心の枠、行動の枠なのですが、詰る所は自分自身についていかなる観念を抱いているかということになります。

この枠を取っ払えば、もっと発展的な行動ができる。ところが、なかなか自分の殻を破るのは難しいものです。

そういう部下をじっと見守るということもリーダーには大事なことです。いつでも手を差し伸べるのがよいとは限りません。なんといっても、自分で自分の問題を解決することが、真の自主性を発揮することであり、それが責任ある人間のやることだと私は思います。

しかし、本人がどうしようもなくなって、アドバイスを求めてきたならば、効果的なヒントを提供するのはリーダーの仕事と言えます。これは以前お話した、「啐啄同時」ということです。

こういうときを「機が熟した」というわけですが、このときにリーダーの暗示学が非常に効果を発揮することが多いのです。

今日のテーマである「認める技術」というのは、相手の観念に新しい観念を付与することだとお考えください。従来の観念とはまったく異なる観念を与えるのです。相手の意表をついたもの、と考えてもよいでしょう。ただ、相手が受け入れられる観念でなければなりません。相手が、「言われてみればそうかな」と思えるものということです。

いちばんよくみかける例は「君には、これこれの独特の才能がある」と言って、そちらの方に相手の能力を引っ張って行くことでしょう。芸術家とかスポーツ選手のコーチは、そうやって生徒の能力を高める指導をしていると思います。

つまり、その人のユニークさを伸ばすということですね。私は音楽のことはよく知りませんが、同じピアニストでも、能力はいろいろでしょうから、その人のよいところを伸ばそうとするのだと思います。

認める技術について、私には会心の事例があります。お世話になった大学の先生が非常にお疲れのご様子だったので、認める技術を用いて先生を励ましたのです。

人間はなぜ仕事に疲れるかというと、自分らしい仕事、自分がしたいと思っている仕事、自分がしなければと思っている仕事をしていないために起きることが多いのです。

しかし、分かっていても、それを変えられないことが多いのも事実です。世間のしがらみとか、いろいろありますからね。自分の都合ばかり考えて行動できないことは多々あります。

認める技術を用いて、私は「自分らしい仕事をすればいいんだ」と先生に言ったわけです。具体的にどう言ったかは、長くなりますので、拙著『リーダーの人間行動学』『リーダーの暗示学』を読んでください。

それで、先生はすっかり気が楽になった。自分のことを理解してくれる人間がいると思えるだけでも、人間はずいぶん気が楽になり元気になるのです。