人は何を認められたいのか

自分の気持ちが認められていないと思うときぐらい、辛いことはないのかもしれません。私はこのことを考えるとき、ある家庭奉仕員の書いたエピソードをいつも思い出します(4)。ちなみに、これは三十年以上前の話です。家庭奉仕員とは、自治体が雇用するホームヘルパーとお考え下さい。

Mばあちゃん――当時八十五歳――と出会ったのは十五年前。家庭奉仕員として大きな荷物を背負ったような気持ちになった最初の人でした。

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「Mさんのことをなんとか頼む」と、役所の係の人から言われたことが頭から離れなかった。

女一人、八十を過ぎたこの独居老人は、「みんなでおれをバカにして、物を取り上げてしまった」と言い続け、どうなだめても人との接触を好まなかった。

訪問開始後、二、三ヵ月間、無我夢中で敷居をまたぐ。しかし、「また来たか、また来たか」と上目づかいでジロリとにらまれ、追い返されるだけ。

「いったい何をしてきたんだ。こんなに早く帰庁して」と、役所の人に言われないだろうか。役所までの八キロの道を憂鬱な気持ちで歩いて帰る。

だが、Mばあちゃん、根がつきたのか、ある日のこと、仕方がないといわんばかりの顔で、やっと土間の上り台の上に座らせてくれた。これで、苦しい日のことが嘘のように消えた。

この人に何をしてあげたら心が打ち解けて中に入れてもらえるだろう。そう思いながら通っていたある日、ふとたずねた。

「息子さんは」

そう問うたら、大きな涙が頬を伝って

「戦死」

とポツリ。

一瞬にして謎がとけたような気持ちになった。Mさんは私が仏壇に手を合わせることを拒まなかった。

それから、しばらくして、峠の山百合を黙って供えて帰った。金で買う花よりも、何気ないしぐさのほうがよいだろうと思い、家からの道すがら、手折した山百合である。

次の訪問日、Mさんはたとえようがないほど喜んで迎えてくれた。

ある吹雪の夜などは、当時三歳と七歳だった私の子供のことをしきりと気にかけてくれた。

「おれは大丈夫だから、内緒で子供のところに早く帰れ」

「子供はいない」

と言うと、

「その若さでいないというのは嘘だろう。子供はかけがえのないものだぞ。早く帰れ」

と怒鳴り声をあげるように気を使ってくれた。

嘘も方便。次の訪問時、

「子供がたいへん喜んで」
と礼を言う。

Mさんのなんともいえない顔。またしても、八キロ歩いて帰庁。

人は認めるように育つといいます。素直な子だと認められると素直になり、正直な子だと言われると、嘘がつけなくなります。また、逆らう人には、逆らうことが素晴らしいと認めると、逆らいながらついてきます。

なぜ、そうなるかというと、人間は認められたいという欲求が根源的にあるからです。これは潜在意識に根ざした深い欲求なのです。

ですから、人が苦しんでいたら、何を苦しんでいるかを見つけ出し、それを認めてあげなければなりません。先ほどのMさんのようにです。

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本稿は、佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)の一部です。

 

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