私が人をほめたとき

ほめるということに関して、私は妙な経験をしたことがある。

ある経営問題の研究会に参加していたときのことだ。

この研究会の中に、妙に服装にこだわっている学者がいるのに私は気がついた。

ある日などは、ジャケットから靴下まで、完璧に茶系に統一してきたいた。

ご本人は相当おしゃれなつもりらしい。

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もっとも、当人の意図とは違って、どことなくやりすぎというか、ちぐはぐな感じがしないでもなかった。

会議が終った後、エレベーターでこの先生と一緒になった私は、つい話しかけてしまった。

「先生、今日はベージュで統一されていますね」

ほめようとか、気に入られようという気はまったくなかったのであるが、沈黙が続くことに対する苦痛と、若干のサービス精神とで、つい言ってしまった。

すると、学者先生は自分の高尚な趣味を理解できる人間をついに見つけた、とでもいうようにうなずいた。

これ以来、私はこの先生にすっかり気にいられてしまった。

おかげで、なにかと目をかけていただいた。

もっとも、これには副作用があって、会うたびに服装をほめなければいけない状況に追い込まれた。

こちらが忘れていると、なんとなく催促されることもあった。

これには、いささか閉口した。

このときから、この学者先生がなぜ私の言葉にこのような反応を示したのか、私はずっと考えるようになった。

拙著『リーダーの暗示学』より

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