言葉に振り回されないコミュニケーション

コミュニケーションとるときいちばん厄介なのは、相手が本音を言わないときかも知れませんね。

拙著『リーダー感覚』では、ほめる訓練を通して相手の気持ちを理解することを主張しています。

さらにいえば、これによって相手の気配を察知するくらいまでもっていきたい。

気配などというと大げさですが、よく相手の態度を観察していればわりとわかるものです。

よくある間違いは、相手の言葉に振り回されてしまうこと。我々は言葉を信用しずぎてしまう傾向があります。

言葉というのは便利なもので、心で思っていることと正反対なことでもいえます。それによって場を和らげることもできて便利なのですが、相手の本音を見分けにくくもしています。

私も失敗した経験がありますよ。

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ある人の家にお邪魔すると留守だったので、「出直します」と奥様に言ったところ、「すぐ戻りますから、お茶でも」と言われました。

ならばと家に上がろうとすると、奥様はへんな顔をしている。なんだお愛想だったのかとやっとわかりました。

この人は京都の人でしたが、「察せよ」という感じの人が京都には多いのでしょうか。
利なもので、心で思っていることと正反対なことでも言えます。便利な面もありますが、

「京の茶漬け」という落語をご存じ?

京都ではお客さんが帰ろうとして履き物をはいてしまってから、「お茶漬けでも一膳食べておいんなはれ」と言うんだそうです。

まさか「そうどすか」とは言わないことを見込んで言うのだと、京の人の悪口を言う人がいました。

ある大阪商人が、一度あの「京の茶漬け」を食べてやろうと、わざわざ昼時に京都の知人を訪ねていきました。

「何もおへんけど、お茶漬けでも一膳……」

予想どおり、客の帰りがけを狙って言う、例の京都人のカラ世辞がでたあ~。

しめしめと、大阪商人ニンマリ。

「さよか、ほんならよばれましょ」

ところが、出てきたのは、ほんとに冷や飯と梅干し半分の茶漬けだけ。

意地になった大阪商人は、サラサラとかきこんでから、茶碗を宙に浮かしました。これ見よがしですね。「どうぞ、おかわり」の声を待ったわけです。

しかし、京の内儀はなにも言わない。

大阪商人は仕方ないので、茶碗の中がカラなのをなんとか見せつけてやろうと、茶碗をひねくり返しながら言いました。

「けっこうな清水焼ですなあ。たこうおましたやろ」

すると、お内儀はカラのおひつを中まで見えるようにさし上げて

「はぁ、このおひつも輪島塗りですねん」

京都の気風というのは基本的には9種的なんです。裏を察するというところが得意というか、気持ちを察することが強調される気風なんです。

大阪は言うまでもなく商売の地ですから5種も強いのでしょうが、あのうるさい漫才ののりは捻れ型そのものでしょう。とにかくにぎやかですが、あれは捻れ型の特質。

そういう人にはどういう対処が必要か知っていれば、対人関係はずいぶん楽になりますよ。

それはともかく、相手の言葉に惑わされないようにすること。

もっと進んで、「相手が言わない部分を察する」こと、さらに進んで「相手が気がついていないことまで察する」訓練をしていくことが、リーダーシップ向上には役にたちます。

それにはL研リーダースクールで主張している「ほめる訓練」を実践すること。そして、それと並行して、感受性の研究をすることでしょう。