説得の基本は感受性の理解から2

昨日のつづきです。

人間にはある心理的傾向というものがあって、その傾向に沿った空想しか浮かびません。これを感受性傾向と呼びます。

ですから、相手の感受性傾向を知っていれば、どのような空想傾向があるか、だいたいわかります。それをもとに、暗示技術を用いるわけです。

逆に言えば、この感受性傾向に沿った話をしないと、相手は全く反応しません。ほとんど外国語で話しかけるのと同じことになってしまいます。
リーダーの暗示学こちら

拙著『リーダーの人間行動学』でケースとして取り上げた空海と最澄の対立は、お互いが相手の感受性を理解できないことから生じているといえるでしょう。

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二人は、9世紀前半における仏教界における巨頭でした。空海は真言密教、最澄は天台宗の開祖です。両者はまったく違う感受性を持っていました。

空海は天才肌で、体感を非常に重視する人でした。一方、最澄は学者肌で秀才、勉強大好き人間という感じでした。

最澄はある理由から、空海に密教を教えてほしいと頼んだのです。すると、空海は快く応じました。ただし、修行については、空海の直接の指導を受けないとだめだと言ったようです。

密教は、インド土着の呪術がもとにあるので、印を組んだり、行をすることがとても重視されたのです。それには、師から直々に教えを受けねばならない――そうれが空海の考え方でした。

ところが、最澄は勉強家でしたので、そういうのが全然わからない。ひたすら、空海から経典を借りまくり、一生懸命それを読んで勉強しようとした。それで、ついに空海が怒り出してしまったのです。それが有名な二人の対立の発端でした。

私に言わせれば、空海が最澄に自分流の修行法を求めるのは、しょせん無理なことでしたね。最澄は、とにかく学者肌、お勉強家なのです。

そういう人って、我々のまわりにもいるでしょう。そういう人に、いくら現場を重視しなきゃだめだって言ったところで、言うことを聞きませんよ。理屈ばっかり言ってます。実際には、現場の感覚が、まるで理解できない人なのです。

さすがの空海さんも、そこまで思いが至らなかったようです。基本的に、最澄には密教は無理だと見切りをもっと早くつけた方がよかったようにも思います。

最後は最澄の感受性を逆手にとって縁切りをしたんでしょう。しかし、後味は悪かったでしょうね

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