釈迦のように人を見て法を説ければいいのですが

コミュニケーションの定義というとなかなか多岐にわたっています。

こちらでは、リーダーとして部下にいかに指導できるか――やる気を出して働いてもらうこと、あるいは上司や顧客にどのように折衝できるか、をコミュニケーションの観点からとらえようとしています。

第一は、相手に応じた対応ができることです。

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人は一人一人違うわけですから、個々の対応がどれだけできるか、ということです。

『リーダーの人間行動学』では、「釈迦のように、人を見て法を説けること」を理想としたいと書いてみました。

そのためには、人間を見る力が必要です。

私がお勧めしているのが、体癖論です。

簡単な理論ではありませんが、たいへん役に立ちます。

今日、私の別のブログでは上下型と呼ばれるタイプをご紹介してみました。

首に特徴があるタイプです。

緊張すると、首の筋肉が緊張するタイプ。

首の後ろ側が固くなるのが1種。
首の前側が固くなるのが2種。

1種の頭脳特性は、根源から詰めていくことです。

ですから、話が必ず「そもそも」から始まる。

結論だけはしょって話すということができない。それを求めるタイプを5種というのですが、もう聞いていていらいらしてくる。

たとえていえば、歴代天皇120何代かを、神武、綏靖……と覚えている人がいますね。

ところが、「後白河」の次は? とたずねられると答えられない。

初代からずっとやっていって、後白河、と出てくると、あ「二条天皇」だ、とやっと出てくる。

上下型1種の頭脳というのは、こんな感じなんだそうです。

いつも、そもそもから始まる。

何かの事件があると、歴史を遡って「その原因はここから始まったのだ」と言って、話が始まる。

そうしないと、なかなか結論にたどりつけないのです。