コミュニケーションとは似て非なる問題2

先日も同じ題で投稿しましたが、コミュニケーションの問題と組織上の問題とはごっちゃになりやすいので、よく考える必用があると思います。以下は、あるIT企業での事例ですが、問題をコミュニケーションであると決めつけて考察しています。でも、少し違うのではないかと思うのです。

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内容は、「エグゼクティブのための人財育成塾:SEのコミュニケーション能力向上がITを「武器」に変える~その3 (2/3) – ITmedia エグゼクティブ」より引用しました。

「A君は、入社3年目のプログラマーである。情報工学を大学で専攻していた事もあり、プログラミングには大変自信を持っている。ITに関する知識は、社内の同期の間でも定評がある。そのため、少々難しいプログラムでも短時間でコーディングできるのだが、ケアレスミスが多いのが欠点である。現在従事しているプロジェクトでも、上司であるSEのBさんから注意するように時折指導を受けている。

要件定義フェーズの終盤で、ユーザーからある機能のプロトタイプを見せて欲しいとの要望が出た。Bさんは、A君に依頼しプロトタイプを作成してユーザーに見せたところ、重要な部分ではなかったが細かな部分で要件定義の内容と違っていると数多くの指摘を受けた。その結果を受け、BさんとA 君はPMである課長からユーザーの信頼を失うと指摘され、特にA君のケアレスミスに関しては仕事の基本ができていないと厳しく叱責された。そこで、BさんはA君にフォローの指導をすることにした。」

この問題は、A君が仕事の前にチェックリストを書く手間を省き、チェックをよくせず自分の好きなように仕事を仕上げてしまったのが原因とされています。

そこで、A君の気持ちを害さないように注意をしているBさんの様子が、このあと述べられています。

しかし、まだ不十分であり、Aさんの論理についての配慮がないことが示されています。

この記事を読んで、私は奇妙な感じがしました。ケースですから、本当の姿は違うのかもしれませんが、もしこれが事実であるなら、おかしなことなのです。

それは上司であるBさんが、品質チェックにまったくかかわっていないことです。つまり丸投げしているのです。

もし、事実なら、こちらの方がより重大な問題です。商品をつくる者とチェックする者とは別々にするというのが常識でしょう。一人企業ならいざしらず、そこそこの企業なのでしょうから。

この記事を書いた人は、それがAさんが言いたかったことだと言いたいのでしょうか。それはわかりません。

しかし、記事を読んでいると、どうもそうは思っていないようにとれます。

部下を指導するさいのコミュニケーションの問題としてこのケースは書かれていますが、なにもかもコミュニケーションの問題ではない。組織の仕組み自体が間違っていることもありますので、そこは気をつけないといけないと思いますね。

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)

本書はL研リーダースクールの通信講座初等科Ⅰのメインテキストです。初等科Ⅰでは、人の心を動かす訓練としてほめる訓練を実践していただきます。この講座は、受講生に技術的アドバイスを行うとともに、受講生の成長を見守っていく実践型プログラムです。

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宮城まり子さんからほめる技術を学ぶ

皇后さまは11日午前、肢体の不自由な子の療護施設「ねむの木学園」(静岡県掛川市)の創立45年を記念して、東京都港区の美術館「伊藤忠青山アートスクエア」で開催している「ねむの木のこどもたちとまり子美術展」を鑑賞。園長で女優の宮城まり子さんが入所者が描いた色鮮やかな絵を一枚一枚説明すると、皇后さまは「とてもきれいな絵」「すてきね」と話しながら見入られた。〔共同〕

宮城まり子さんが日経新聞の「私の履歴書」に書いていることを思いだしました。

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森ビル社長の森稔氏との会話です。宮城さんの子供たち(ねむの木学園)の描いた絵を見て、森さんはたいへん感心し、宮城さんにたずねました。

「子供たちにどのように教えているのですか」

宮城さんは、教師は付き添うだけで、環境や雰囲気を整え、本物の絵を見せるようにはしているが、教えるのはよくないように思っていると答えました。

すると、森さんは非常に興味を抱いたようで、さらに聞いたそうです。

「絵を描いてもってくるだろ。そのとき何て言うの。『上手いね』とか『ここがいい』とか言うの」

「言いません。『これうまく描けた』って言ったら、子供はその場所で終わるような気がしますから」

「何て言うの?」

「私は『あーうれしいわ』って言います」

宮城さんによれば、そう言われた子供は、人を喜ばせたことを幸せに思ってくれるそうです。それを聞いた森さんも感心したようです。

ほめるのではなく、自分の感謝とかうれしい気持ちを表現することも、ほめることと同等といえます。

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)

本書はL研リーダースクールの通信講座初等科Ⅰのメインテキストです。初等科Ⅰでは、人の心を動かす訓練としてほめる訓練を実践していただきます。この講座は、受講生に技術的アドバイスを行うとともに、受講生の成長を見守っていく実践型プログラムです。

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叱ることの意味

しかり方を解説しているリーダーシップ関係の本を読むと、部下をいろいろなタイプに分類し、そのタイプ別に叱る方法を示したものがありました。

読んでみると、どうかなと思います。

たとえば、すぐ反発するタイプには、データを示しながら説明して叱る。

また、叱られるとすぐ内向してしまうタイプには、まず認めてから叱る、といった具合です。

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しかし、私はまずこれではダメだろうなと思いました。

すぐ反発するのは、捻れ型というタイプです。

このタイプはどんなことであれ反発する。そういう感情の持ち主なのです。

ですから、データを示しても、それは理性に働きかけるだけであって、相手の感情に訴えていませんから効果がでないのです。

対策は『リーダーの人間行動学』をお読みください。

すぐ内向してしまう人に認める、これはこれでよいでしょう。

しかし、しかればやはり結果は大して違わないでしょう。

このタイプは、悪いとわかってもらいさいすれば、あとは別に叱らなくてもいいのです。

代わりにほめます。

やり方は、『リーダー感覚』をお読みください。

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

本稿は、佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)の一部です。

本書はL研リーダースクールの通信講座初等科Ⅰのメインテキストです。初等科Ⅰでは、人の心を動かす訓練としてほめる訓練を実践していただきます。この講座は、受講生に技術的アドバイスを行うとともに、受講生の成長を見守っていく実践型プログラムです。

立読みはこちらからどうぞ

認める技術に必要な人間を見るセンス

認める技術とほめる技術は一見似通っています。

というのも、両方ともほめることを通じて人の心を動かそうとしているからです。

では違いはと言うと、ほめる対象が異なるのです。

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ほめる技術は、相手がよいことをしたらほめます。あるいは、よい才能があればそれをほめます。

それは誰の目にも明かな事実に基づいて行われます。

一方、認める技術とは、まだ相手が気がついていない相手の長所やメリットを相手に認識させることです。

ですから、相手にとっては少々意外性を伴うことが多いでしょう。

しかし、それは相手の自尊心を満足させ、それを受け入れると、相手はその方向に成長していきます。

もちろん、どんなことでもいいわけではありません。

「君は頭脳優秀で天才的だ」
「君は健康万全だ」

などと言っても、まず信じないでしょう。

そんなことはふつうの人間にはありえないからです。

嘘を言う必要はありません。大げさなことである必要もないのです。

従来の相手の考え方に少し角度を変えて提示すればよいのです。

たとえば、仕事のスピードが遅い人に対して

「慎重な仕事ぶりがよい」と言えば、相手は慎重さを一層増すでしょう。

問題は、実際に何を認めるかです。

それは、日ごろからの観察によって、相手のよいところを見抜くという、いわば人間を見るセンスが必要になってくるのです。

二つの指導法から考えるリーダー育成2

前回「二つの指導法から考えるリーダー育成1」のつづき

前回触れた宮大工の教育方針の特徴は、弟子が自ら創意工夫する態度を促すこと、そして教えすぎないことでした。とにかく自分で考えさせ、自分で努力させること。これがないと勘は育たない、技術は身につかない、ということのようです。プロを目指す人にはこういう指導法が有効でしょう。

では、現代のビジネスマンにはどういった教育がされているか。

西岡棟梁のような方法はまず採用できないでしょう。その代わり、やり方や答えを順序良くマニュアル化して教える方法が一般化しています。

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一見すると、知識の習得においては、このほうが効率がよいように見えます。

しかし、マニュアル教育ばかり受けていますと、自分で頭を使わないのですから、絶対バカになりますね。私がよく引用するジョークがあります。

あるファースト・フード店でハンバーガー三十人分を注文したら、「こちらでお召し上がりになりますか、それともお持ち帰りになりますか」と聞かれたとか。

こういうジョークが生まれる背景には、仕事に対する感動の欠如があるのではないかと思います。

マニュアルどおりやって問題がなければ、能力を発揮しようがないし、だいいち感動がありません。それではそこから先、伸びるはずがないでしょう。それがお店側の狙いなのですから、それはそれで構いませんが……。

企業では時間のかかるやり方はますます採用されにくくなっています。マニュアル教育が全盛となり、試行錯誤の時間は極力減らすように求められています。

上司も上司で、結果がすぐほしいので、「そんなくだらないことを考えていないで、俺の言うとおりにさっさとやれ」と怒鳴るばかりです。

本当は〝急がばまわれ〟なのに、それが現代社会の要請ですから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれません。

しかし、バカになりたくないと思うビジネスマンなら、そこは自分で自己啓発するしかないでしょう。自分で必要な内容を自分でみつけてきて、自分で吸収することです。

引用:佐藤直曉著『リーダー感覚』)解説と立読み

k5

二つの指導法から考えるリーダー育成1

宮大工の教育法はちょっと変わっています。

教育方針で特徴的なのは、弟子が自ら創意工夫する態度を促すこと、そして教えすぎないことでした。

西岡棟梁はわかりやすく教えるようなことは、決してしない人でした。弟子の様子を見ながら、遠回しに弟子の考えや創造力がわくようなことをポツンと言うだけなのです。そのときはわからないけれど、あとで「ああ、そういうことだったのか」とわかる教え方をしていました。

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小川三夫氏が弟子入りした直後のこと。棟梁は彼の道具をちょっと見て、ポンと捨ててしまいました。道具を見れば、どれだけの腕なのか、すぐわかるからです。そのあと、棟梁は「納屋を掃除しておき」とだけ言いました。

そこで、小川氏が納屋にいってみると、そこには棟梁の道具が置いてあり、鉋屑(かんなくず)がそばに残っていました。棟梁は、「ちゃんと研いである鉋と、その鉋で削った鉋屑があるから、掃除しながらそれをよく見ろ。そうすれば、おまえの鉋があかんという意味がわかるはずだ」と言いたかったのです。

西岡棟梁のこういった指導法は随所に見られました。たとえば、鉋のかけ方を棟梁が弟子に教えるときは、「こうやるんだ」と一度見せるだけです。向こうが透けて見えるほどの薄い鉋屑が出てきますが、あとはそれを渡すだけで、ヒントは一切なし。弟子は鉋屑を見ながら、同じものができるまでひたすら研究するしかありません。

ですから、弟子が「これはどうやるのですか」と質問しても、簡単に答えてくれません。西岡棟梁は「君はどう思うのや」と必ず聞きかえします。これでは弟子はうかつに質問できません。自分の意見が準備ができていないと、怖くて質問できないわけです。

なぜこういう指導方法を西岡棟梁が採用するかといえば、自分で考え、自分の体で覚えるしか、仕事は身につかないと知っているからです。木は生き物ですから、ひとつひとつ違う。でも、いつでも親方がそばにはいられません。弟子は、その場その場で、勘で処理できるようにならなけらばなりません。そのためには――

「弟子になろうという者は、大工になろうという気は初めからある。しかし、教えてもらおうという気持ちを捨てるようにならないと、ものは伝わらない(21)」

もっとも、西岡棟梁の真意がわかるまでは、小川さんもずいぶん意地悪な師匠だと思っていたそうです。

引用:佐藤直曉著『リーダー感覚』)解説と立読み

k5

明日は、これと対極にある教育法をご紹介しましょう。