コミュニケーションと怒りの関係

人間というのは、自分のもっている行動基準で物事を評価しますが、その行動基準において評価に値しない行動をとる人間に対しては、非常に腹がたつものなのです。

信長という人物はたいへん合理的で感情無視の行動をとる人だとされています。合理的なところが過ぎると冷酷になります。

感情がまったく感じられない行動は、おうおうにして、冷酷と受け止められます。

部下が信長を裏切るときは、信長のやり方に我慢できずに感情を爆発させることが多かったようです。

信長にとっては、裏切り者の非合理的行動は実に腹がたったことでしょう。

信長が裏切り者を一族郎党みな殺しにするのは、そういうことがかなり大きく影響しているのではないか、と私は思います。

もっとも、相手は自分とは違う行動基準で動いていただけなのです。それがわかれば、そんなに腹はたたなくなるのですが、それを信長に言っても仕方ないでしょう。

しかし、信長のような人は現代にもいくらでもおります。スケールはともかくとして。

腹が立つときは、どうしても、自分の行動基準でしか考えられなくなる。これは多くの人間に共通する弱点ですね。

5種は客観性に優れているといいますが、その5種も、いざとなったら結局は自分の行動基準でしか考えられないのです。

相手が自分とは別の行動基準で動いているということに気が回らなくなる。それで一人でカッカしている。私のまわりにも、こういうことはよくありますね。

コミュニケーションのすれ違いというのは、こういった相手の感受性を理解できないこと、あるいは相手の感受性を受け入れられないときに起きることが多いように思います。

感受性のパターンをある程度学べば、「あいつはそういう行動をいつもとる人間なんだ」とあきらめがつくでしょう。こういうふうに割り切れることは、精神衛生上にとってはよいことです。