人に教えるときの間とは

新人を教えるときには、基本は怒ったり叱ったりしてはだめですね。

まずは、うまくできたことをほめる。

なぜほめるかといえば、興味をもって自分で研究していく態度を身につけさせることです。

ほめることで、興味が高まります。

何から何まで上で教えなければいけなかったら、手間がかかって仕方ありません。

ほかに興味をもたせる手段にはどんなことがあるか。

====

これは間をうまく使うことなんです。

ひとつ、おもしろい事例を紹介しましょう。詳しくは『リーダー感覚』にあります。

平尾誠二さんというかつて全日本のラグビー監督を務めた方がおります。この人の本に出ていました。

平尾さんは、選手に作戦なり技術なりを説明するとき、さわりだけをちょっと教える。

「最初に、さわりだけを説明しておいて、なぜうまくいったかという手の内は伏せておく」

「じゃあ、このへんで練習終わっとこう」ともったいぶるわけ。すると練習が終わっても選手はやっている。でもなかなかうまくいかない。

「そこで、またぼくがひょこひょこと出て行ってですね、おもむろに(笑)これはこうだからと疑問を解決していく」

こうすると、選手は目の色を変えて,話を聞き、自分でもやってみる。

まあ、焦らしの作戦ということですね。

相手の聞きたい欲求を高めておいて、まだかまだかと焦らす。すると、気分がますます高まる。

そこで、ころはよし、「こうするんだ」

映画の予告編も似たようなもの。

期待させて、焦らせる。すると、食いついてくる。

そうじゃなくて、フォアグラの鴨のように、これでもか、これでもか、と餌を無理矢理胃袋に流し込むように教えたら辟易するでしょう。

—————————————————————————————-

■リーダーシップ向上に関する参考書籍 

佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)

本書はL研リーダースクールの通信講座初等科Ⅰのメインテキストです。初等科Ⅰでは、人の心を動かす訓練としてほめる訓練を実践していただきます。この講座は、受講生に技術的アドバイスを行うとともに、受講生の成長を見守っていく実践型プログラムです。

立読みはこちらからどうぞ

—————————————————————————————

コミュニケーションスキルのなかで、最もベーシックで、応用範囲が広いスキルが、ほめる技術です。

ほめる技術を徹底的に行っていくのが、初等科Ⅰの講座です。L研リーダースクール初等科1

 

質問の効果

コーチングでは「気づき」を与えるきっかけとしての「質問力」を訓練することがよい、という人がいるそうです。

私は質問を部下の指導や気づきのために意識的に使ったことは、あまりありません。

私は出身が経営コンサルタントなので、質問はもっぱらクライアントやそのユーザに対するインタビューが中心でした。

ところが、私のインタビューを受けると、たいていの人が非常に気分がよくなるらしいのです。

====

ある会社の社長さんにインタビューに行ったのですが、何ヶ月してまた会う機会がありました。

そのとき「うちの会社に来ないか」と誘われました。

突然でびっくりしたので理由を聞くと、

「ポイントをついた質問に感心した」ということでした。

丁重にお断りしましたが、ポイントをついた質問をされると、だいたい嬉しがるものです。

仮にそれが相手が抱えている問題であっても、それなりに評価されます。結果的に、それが相手に「気づき」を与えたのかもしれませんが。

業種によって質問タイプはいろいろあると思います。

たとえば、新聞記者。

うまい新聞記者の場合、インタビューされている相手が、その記者が自分の味方だと思えてきて、どんどんしゃべってしまうのだそうです。

新聞記者は別に味方になろうとかいった気持ちはなくて、ただ事実を聞きだそうとしているのですが、それが自分の意見を支持してくれているような錯覚をもつのだそうです。

あるいは、私のインタビューも多分にそういうところがあるのかもしれません。

コンサルタントにはコンサルタントなりの、またジャーナリストにはジャーナリストなりの質問の仕方があり、場数をふまないとなかなか進歩しませんが、みなさんも練習してみるのもいいかもしれませんね。

質問をされると、相手は考え始めます。人間の癖のようなものかも知れません。つまり、しらないうちに相手は思考のスイッチを入れるわけです。

人間は自発的に行動することが快なのですが、質問をされて答えを考えることは、自発的に行動しているような錯覚を与えます。

さらに、質問の仕方によっては、相手の考えをこちらの狙いの方向に誘導することも可能でしょう。こうなると、一種の暗示的効果をもたらすことになります。

それは高等技術なのかもしれませんんが、少なくとも相手に集中力をもたらすことは可能です。質問されたら、それに答えるために思考を集中させるわけですから。

人間は集中するとき快を感じます。ですから、よい質問によって集中させられると快感がもたらされ、それが質問する相手に対する好意を生むのかもしれません。

—————————————————————————————-

■リーダーの暗示学に関する参考書籍

本稿は佐藤直曉著『リーダーの暗示学――部下の心をリードする』(鳥影社)の一部を抜粋引用しながら、加筆したものです。

本書は、リーダーシップを実践的につける訓練法を紹介しています

解説はこちらからどうぞ

 

自立心を発揮させる

よく知られている笑い話です。

ハンバーガー店に来てお客が注文した。

「ハンバーガー、30コください」

店員はにっこり笑って答えた。

「こちらでお召し上がりになりますか、それともお持ち帰りされますか?」

マニュアル教育を嘲笑するジョークですが、このやり方ですとある一定のレベルまでは技能を引きあげることがわりと容易にできるでしょう。ですから、アルバイトを使って仕事をするようなファースト・フードなどには向いているのかもしれません。

しかし、もっと高度なレベルになったら、間に合わなくなるでしょうね。顧客毎に対応を「カスタマイズ」しないといけませんから。

====

マニュアル教育だけやっていると、結局人間はバカになりますね。自分で考えなくなるわけですから。

教育に於いて最も排除すべきは依存心です。人が教えてくれるだろう。誰か答えをもってきてくれるだろう。

しかし、もっと悪いのは、「本を探せば答えがあるだろう」「この手法を使えば問題は解けるだろう」

問題というのは、教科書で定義できないわけです。実際はひとつひとつ違う。また、答えを解く人ももちろん違う。となると、自分で問題を解く能力をつけないと仕方ない。

「教えてくれ」という態度の人は伸びません。レベルの高い人を見て、自分なりに工夫する態度がないと能力は伸びません。

L研リーダースクールの通信講座もこういう方針です。自分で問題を解くことを求めるわけで、しかも自分で問題を見つけてこいと言うのですから、えらい野蛮な教育法です。

私は、いつもどこまで教えたらいいのか悩むんですよ。もっと教えたくてむずむずするんですが、ここで教えない方がいいだろうか、などとね。教える立場を保つというのも結構難しいんですよ。

いずれにしろ、才能があるかないかは、「やる気」とか「仕事への情熱」「思い」があるかないかで決まってしまうわけです。やる気のない人にいくら教えても仕方ないということでしょうか。やる気のある人は、L研リーダースクールで学ぶと伸びる。だから、企業研修のようなお仕着せの研修プログラムとしては向かないかもしれませんね。

二つの指導法から考えるリーダー育成2

前回「二つの指導法から考えるリーダー育成1」のつづき

前回触れた宮大工の教育方針の特徴は、弟子が自ら創意工夫する態度を促すこと、そして教えすぎないことでした。とにかく自分で考えさせ、自分で努力させること。これがないと勘は育たない、技術は身につかない、ということのようです。プロを目指す人にはこういう指導法が有効でしょう。

では、現代のビジネスマンにはどういった教育がされているか。

西岡棟梁のような方法はまず採用できないでしょう。その代わり、やり方や答えを順序良くマニュアル化して教える方法が一般化しています。

====

一見すると、知識の習得においては、このほうが効率がよいように見えます。

しかし、マニュアル教育ばかり受けていますと、自分で頭を使わないのですから、絶対バカになりますね。私がよく引用するジョークがあります。

あるファースト・フード店でハンバーガー三十人分を注文したら、「こちらでお召し上がりになりますか、それともお持ち帰りになりますか」と聞かれたとか。

こういうジョークが生まれる背景には、仕事に対する感動の欠如があるのではないかと思います。

マニュアルどおりやって問題がなければ、能力を発揮しようがないし、だいいち感動がありません。それではそこから先、伸びるはずがないでしょう。それがお店側の狙いなのですから、それはそれで構いませんが……。

企業では時間のかかるやり方はますます採用されにくくなっています。マニュアル教育が全盛となり、試行錯誤の時間は極力減らすように求められています。

上司も上司で、結果がすぐほしいので、「そんなくだらないことを考えていないで、俺の言うとおりにさっさとやれ」と怒鳴るばかりです。

本当は〝急がばまわれ〟なのに、それが現代社会の要請ですから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれません。

しかし、バカになりたくないと思うビジネスマンなら、そこは自分で自己啓発するしかないでしょう。自分で必要な内容を自分でみつけてきて、自分で吸収することです。

引用:佐藤直曉著『リーダー感覚』)解説と立読み

k5

二つの指導法から考えるリーダー育成1

宮大工の教育法はちょっと変わっています。

教育方針で特徴的なのは、弟子が自ら創意工夫する態度を促すこと、そして教えすぎないことでした。

西岡棟梁はわかりやすく教えるようなことは、決してしない人でした。弟子の様子を見ながら、遠回しに弟子の考えや創造力がわくようなことをポツンと言うだけなのです。そのときはわからないけれど、あとで「ああ、そういうことだったのか」とわかる教え方をしていました。

====

小川三夫氏が弟子入りした直後のこと。棟梁は彼の道具をちょっと見て、ポンと捨ててしまいました。道具を見れば、どれだけの腕なのか、すぐわかるからです。そのあと、棟梁は「納屋を掃除しておき」とだけ言いました。

そこで、小川氏が納屋にいってみると、そこには棟梁の道具が置いてあり、鉋屑(かんなくず)がそばに残っていました。棟梁は、「ちゃんと研いである鉋と、その鉋で削った鉋屑があるから、掃除しながらそれをよく見ろ。そうすれば、おまえの鉋があかんという意味がわかるはずだ」と言いたかったのです。

西岡棟梁のこういった指導法は随所に見られました。たとえば、鉋のかけ方を棟梁が弟子に教えるときは、「こうやるんだ」と一度見せるだけです。向こうが透けて見えるほどの薄い鉋屑が出てきますが、あとはそれを渡すだけで、ヒントは一切なし。弟子は鉋屑を見ながら、同じものができるまでひたすら研究するしかありません。

ですから、弟子が「これはどうやるのですか」と質問しても、簡単に答えてくれません。西岡棟梁は「君はどう思うのや」と必ず聞きかえします。これでは弟子はうかつに質問できません。自分の意見が準備ができていないと、怖くて質問できないわけです。

なぜこういう指導方法を西岡棟梁が採用するかといえば、自分で考え、自分の体で覚えるしか、仕事は身につかないと知っているからです。木は生き物ですから、ひとつひとつ違う。でも、いつでも親方がそばにはいられません。弟子は、その場その場で、勘で処理できるようにならなけらばなりません。そのためには――

「弟子になろうという者は、大工になろうという気は初めからある。しかし、教えてもらおうという気持ちを捨てるようにならないと、ものは伝わらない(21)」

もっとも、西岡棟梁の真意がわかるまでは、小川さんもずいぶん意地悪な師匠だと思っていたそうです。

引用:佐藤直曉著『リーダー感覚』)解説と立読み

k5

明日は、これと対極にある教育法をご紹介しましょう。