リーダーは人間観察とほめる実践をひたすら続けよ

昨日は、人間には「示したい欲求」と「頼りたい(庇われたい)欲求」の2種類があることを説明しました。

なぜ人は示したいのか。それは自分の能力に自信がないから示したいのでしょう。頼りたい欲求もやはり自信がないから起きます。頼りたい方が素直だともいえますが。

さて、そこで、リーダーは部下のその欲求を処理することが仕事になります。具体的には、相手のいいところを認めること、つまり、ほめることがいいでしょう。これはどちらの欲求にも対応できます。

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ほめることはやさしそうに見えますが、いつも注意深く相手を観察していなければできないことです。

新入社員を2年生がうまく教えていたら、「さすが先輩だ、よく教えてくれているね」とほめる。でも、日ごろから注意して見ていないと、そういう場面は見過ごしてしまうでしょう。

それから、ほめ言葉がすぐ口に出るように習慣づけること。身につけないと、いざというとき、とっさにうまい言葉が出てきません。

言い方は、「それはいい、君はよくやっている、すごいな」と直接的にほめるか、「君のその行為のおかげで私や人が助かっている、私は感謝している」と間接的にほめる言い方のどちらかを選べばいいでしょう。これはケース・バイ・ケース。

「相手に関心をもって常に観察する」→「すぐほめる」――とにかくこれは反射的にできるようにならなければなりません。ほめる癖をつけることです。習慣化することですね。

こうやっていくと、ほめる技術がだんだん向上していきます。単に「うまくやったね」と言っているレベルから、部下の能力を引き出し、部下を成長させるほめ言葉が出てくるようになります。

たとえば、これも前に書きましたが、「君のそこはすぐれている。そして、ここを改善すればもっと良くなるんだがな」といった言い方ですね。

しかし、これを初心のリーダーが、部下との信頼関係もなくやると、かえって害になることがあるかもしれません。そこはあまり背伸びをしないで、じっくりとりくんでください。

それから、ほめるタイミングというものがあるのも、だんだんわかってきます。いつでもほめればいいというのではないのです。

とにかく、背伸びをしないで、自分のレベルに合ったほめ方で、少しずつレベルアップをしていくようにすることです。そのためには、実践です。実践を通じて、人に対する観察力やほめる技術を身に着け、そのレベルを上げていく。

 

リーダー感覚の画像『リーダー感覚』

私が人をほめたとき2

前回の「私が人をほめたとき」はこちら

この先生の反応は、私にとって非常に興味深かった。

私は「べージュで統一している」という事実は指摘しているが、「高そうなスーツですね」というような服装に関する評価は何一つ言っていないのである。

にもかかわらず、相手は喜んでいる。

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今思うに、私の言葉は、この先生のスーツをほめているのではなく、先生の着こなしのセンスの良さを認めたことになるらしい。

たしかに「いい洋服ですね」でが、着こなしがほめられたことにはならない。

考えてみれば、たいていの人は自分の持ち物をほめられるより、それを所有する能力や、それをうまく活用している自分を認めてもらいたいものだ。

ところで、この先生は着こなしを高く評価されたと思い込み、手放しで喜んでいる。

どうして、そんなふうになってしまったのだろう。(つづく)

この内容は『リーダーの暗示学』にあります。

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相手が聞く耳をもっているかどうかで対応を変える

今日はコミュニケーションというよりは、リーダーや教師の指導における課題というようにお考えください。

人間は基本的に人の話を聞くのはいやなものと考えるべきでしょう。

だから、人の話を聞くのは、その気になるときだけ。

相手がその気になって聞いているときだけが、リーダーの言葉が役に立つとき、ということでもありますね。

ですから、相手に聞く気があるかどうかをよく見て、何か言うということも大事です。

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相手が聞く気がないといっても、悪意ではない場合もあります。

そもそも、理解できない状態というのがあります。

たとえば、私の書いた『先見力訓練法』。

私自身はそんなに難しい内容が含まれているとは思っていないのですが、「難しい」とよく言われました。

しかし、そういう人もあとから、「ああ、そういうことだったのか」と分かってくれました。

その人に言わせると、私の本を理解するためのいろいろな前提が20代のころはまだ不足していて、30台半ばになってようやく理解できるようになった、ということです。

この本はいろいろな社会現象を含んでいるため、社会行動の基本的なとらえかたなどが問題だったのかも知れません。

ともかく、ある基本条件が準備されていないと、何か言ってもなかなか理解できないものです。

また、頭ではわかったつもりでも、それが使えるかとなると、また別問題です。

それが、ある体験によって、「ああ、先生の言っていたことはこういうことだったのか」と腑に落ちることがよくあります。

そうなった段階になって、ようやくその知識を使えるようになるわけです。

私自身もいまでもそういうことはよくあります。まあ、人によってはこれを「気づき」と呼ぶかもしれません。

以上のことをまとめますと、指導する側は相手が聞く耳にあるかどうかを見極める必要があります。

聞く耳があるなら、それに対して適切な指導なりコミュニケーションをとればよいわけです。これは感受性に応じてコミュニケーションをとるのがよいでしょう。

問題は、相手が聞く耳がない、あるいはまだ聞ける状態でない場合。こういうときどうするか。

いろいろなテクニックもあります。それについては拙著『リーダー感覚』に、「機、度、間を考える」というような項がありますので参考にしてください。

また、『リーダーの暗示学』の第7章には、おもしろい例を載せています。

たとえばコマーシャルの効果ということですが、私は高橋英樹さんの越後製菓のおもちのCMがいちばん効果的だと思っています。

なんのことはないコマーシャルです。ただ「正解!越後製菓」の連呼なんです。

しかし、単純なフレーズを繰り返していくと、いつのまにか潜在意識にしみ込んでいきます。この場合、単純なほどよい。

そのフレーズが、あるとき何かの体験と結びつくわけですね。

たとえば、スーパーに行って、たまたま越後製菓のもちを見たときとかですね。つまり、このフレーズは一種の伏線的な効果をもたらすわけです。

詳しい説明はここでは省きますが、世の中にはいろいろ参考になることがありますから、視野を広げて他分野の成功例などを研究することはとてもよいことです。

私が人をほめたとき

ほめるということに関して、私は妙な経験をしたことがある。

ある経営問題の研究会に参加していたときのことだ。

この研究会の中に、妙に服装にこだわっている学者がいるのに私は気がついた。

ある日などは、ジャケットから靴下まで、完璧に茶系に統一してきたいた。

ご本人は相当おしゃれなつもりらしい。

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もっとも、当人の意図とは違って、どことなくやりすぎというか、ちぐはぐな感じがしないでもなかった。

会議が終った後、エレベーターでこの先生と一緒になった私は、つい話しかけてしまった。

「先生、今日はベージュで統一されていますね」

ほめようとか、気に入られようという気はまったくなかったのであるが、沈黙が続くことに対する苦痛と、若干のサービス精神とで、つい言ってしまった。

すると、学者先生は自分の高尚な趣味を理解できる人間をついに見つけた、とでもいうようにうなずいた。

これ以来、私はこの先生にすっかり気にいられてしまった。

おかげで、なにかと目をかけていただいた。

もっとも、これには副作用があって、会うたびに服装をほめなければいけない状況に追い込まれた。

こちらが忘れていると、なんとなく催促されることもあった。

これには、いささか閉口した。

このときから、この学者先生がなぜ私の言葉にこのような反応を示したのか、私はずっと考えるようになった。

拙著『リーダーの暗示学』より

リーダーの暗示学:内容詳細はこちら

山本五十六語録からコミュニケーションを考える

山本五十六の語録に「①やってみせて ②言って聞かせて ③やらせてみて ④ほめてやらねば 人は動かず」というものがあります。格言として評価が高く、座右の銘としている経営者や指導者は多いようです。

これについて、拙著『リーダー感覚』k5で次のように説明しています。

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◆やってみせる(略)

◆言って聞かせて
次は②の「言って聞かせて」です。ここで大事なのは「機・度・間」でしょう。これについては、先ほどふれましたので、簡単に説明するにとどめましょう。

リーダーは、話が通らないと、部下に対してついくどくど言いたくなるものです。しかし、言えば言うほど効果はなくなります。大事なのは機です。

相手が本気で聞く気がないときは、こちらがいくら言ってもダメなのです。まずは相手が聞く耳をもつような環境にもっていくことが先です。さもなければ、相手がどうしてもそれを知りたい、勉強したいんだという気分になるまで、待つ必要があります。

それから、「度」ですが、さりげなく言うほうが効果があります。大声で怒鳴れば相手に通じるように思いますが、ふつうはあまり効果がありません。大事なことほど、ささやくように言うとよいのです。

また、平尾さんの事例にあった「さわり」も大事なことです。答えをはっきり言わずに、ヒントをわざと少々ぼかして言うのです。その方が、相手の知りたいという欲求を高めることができます。

最後の「間」についてですが、これも平尾さんの事例が参考になります。相手の集中度が高まるのを待つやり方ですね。相手がどうしてもやりたい、という気分になるまでは、さわりだけを言って、あとは待つということです。

◆やらせてみる
以下略

認められたいという欲求が強すぎる人への対策

コミュニケーションにおいては、ほめる技術が基本になると私は思います。そこで、その技術をリーダーには研究していただきたい。

ほめる技術が有効なのは、褒められたい、認められたいという強い欲求が人間にあるからです。

しかし、これが高じると問題を起こします。というのも、ほめられた内容(技術や仕事振り)よりも、「認めてもらう」という点に意識が向いてしまうからです。

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そうなると、自分を高めてよいものをつくろうとするより、相手に好まれそうなことをするものです。

芸術家なら、ごひいきに媚を売るような行動になる。職人なら「いっちょう、オレの腕を見せたれ」となる。

こういった余分なことが入ると、だいたいにおいて作品は二流品になりますね。サラリーマンだって同じことです。

もしあなたが部長ーさんで、認められたいという意識の強い部下(課長)がいたら、第三者を通してほめるとよいでしょう。

たとえば、副部長に「部長が、君のことをほめていたよ」と言わせる。直接部長に面していないので、純粋に技術向上に意識が向くようになります。

言葉に振り回されないコミュニケーション

コミュニケーションとるときいちばん厄介なのは、相手が本音を言わないときかも知れませんね。

拙著『リーダー感覚』では、ほめる訓練を通して相手の気持ちを理解することを主張しています。

さらにいえば、これによって相手の気配を察知するくらいまでもっていきたい。

気配などというと大げさですが、よく相手の態度を観察していればわりとわかるものです。

よくある間違いは、相手の言葉に振り回されてしまうこと。我々は言葉を信用しずぎてしまう傾向があります。

言葉というのは便利なもので、心で思っていることと正反対なことでもいえます。それによって場を和らげることもできて便利なのですが、相手の本音を見分けにくくもしています。

私も失敗した経験がありますよ。

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ある人の家にお邪魔すると留守だったので、「出直します」と奥様に言ったところ、「すぐ戻りますから、お茶でも」と言われました。

ならばと家に上がろうとすると、奥様はへんな顔をしている。なんだお愛想だったのかとやっとわかりました。

この人は京都の人でしたが、「察せよ」という感じの人が京都には多いのでしょうか。
利なもので、心で思っていることと正反対なことでも言えます。便利な面もありますが、

「京の茶漬け」という落語をご存じ?

京都ではお客さんが帰ろうとして履き物をはいてしまってから、「お茶漬けでも一膳食べておいんなはれ」と言うんだそうです。

まさか「そうどすか」とは言わないことを見込んで言うのだと、京の人の悪口を言う人がいました。

ある大阪商人が、一度あの「京の茶漬け」を食べてやろうと、わざわざ昼時に京都の知人を訪ねていきました。

「何もおへんけど、お茶漬けでも一膳……」

予想どおり、客の帰りがけを狙って言う、例の京都人のカラ世辞がでたあ~。

しめしめと、大阪商人ニンマリ。

「さよか、ほんならよばれましょ」

ところが、出てきたのは、ほんとに冷や飯と梅干し半分の茶漬けだけ。

意地になった大阪商人は、サラサラとかきこんでから、茶碗を宙に浮かしました。これ見よがしですね。「どうぞ、おかわり」の声を待ったわけです。

しかし、京の内儀はなにも言わない。

大阪商人は仕方ないので、茶碗の中がカラなのをなんとか見せつけてやろうと、茶碗をひねくり返しながら言いました。

「けっこうな清水焼ですなあ。たこうおましたやろ」

すると、お内儀はカラのおひつを中まで見えるようにさし上げて

「はぁ、このおひつも輪島塗りですねん」

京都の気風というのは基本的には9種的なんです。裏を察するというところが得意というか、気持ちを察することが強調される気風なんです。

大阪は言うまでもなく商売の地ですから5種も強いのでしょうが、あのうるさい漫才ののりは捻れ型そのものでしょう。とにかくにぎやかですが、あれは捻れ型の特質。

そういう人にはどういう対処が必要か知っていれば、対人関係はずいぶん楽になりますよ。

それはともかく、相手の言葉に惑わされないようにすること。

もっと進んで、「相手が言わない部分を察する」こと、さらに進んで「相手が気がついていないことまで察する」訓練をしていくことが、リーダーシップ向上には役にたちます。

それにはL研リーダースクールで主張している「ほめる訓練」を実践すること。そして、それと並行して、感受性の研究をすることでしょう。

コミュニケーションスキル:説得とは何か

人間にはいろいろなタイプがあります。たとえば、学者肌の人。体の特徴は背が高くて長細く見える人が多い。そして、首がニョキッとまっすぐに生えた感じ。

これは上下型1種というタイプ。

このタイプは、何か考えるとき、そもそも論から話に入らないと先に進めません。

たとえば、駅から自分の家に行く地図を描かせると、自分の家が紙からはみだしてしまう。

なぜそんなことが起きるのか。

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それは、駅から描きはじめてるからです。あそこを通って、ここを通ってと描いていくうちに、自分の家が紙におさまりきらなくなってしまうんです。

また、消費税の問題を分析しようとすると、上下型1種は昭和30年代の日本経済から説き起こそうとするかもしれません。

彼らは現在の事象がどんな物事から始まったかということに強い関心を抱くのです。

一方、現実的で経営感覚の鋭い経営者は「そんな昔のことより、今何をすべきか、すぐ答えを出せ。結論を言え」と吠えるでしょう。

こういうのはえらの張った5種タイプです。肩で風を切って歩くような体。

経営者タイプの人に、学者肌の人に対するように一から順々に説きだせば、ただイライラするだけでしょう。

結局、説得とは自分とは異なる感受性をもつ相手の感受性を理解し、相手の感受性からしてメリットがあることを説明する作業といえます。

人間関係の対立とか相性の善し悪しというのも、こういう感受性の違いから生じることが多いといえるでしょう。

上司との相性

「前の上司の下ではリーダーとしてうまくいっていたが、今の上司が異動してきてからは、相手の話が頭に残らないことも多く、勘違い行動をしてミスをしてしまうことが増え、上司から信頼を得られない」というような人がおりました。

仕事ぶりが変わらないのであれば、これはコミュニケーション以前の、リーダーとの相性を考えないといけません。これはなかなか難しい面があります。

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相性というのは、詰まるところ、お互いの行動基準(感受性と呼ぶ)が異なることから生じます。感受性が違うと、細かいところがあれこれ異ってきます。

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行動パターンばかりでなく、思考パターン、物事にたいする好みも異なります。ですから、つきあうに従い、大きな不満や違和感が生じてしまいます。

こういうとこには、ともかく相手の感受性を理解する必要があります。そうすれば、ある程度理性的な対応が可能になります。

残念ながら、部下はリーダーの行動基準に合わせて仕事をするしかありません。それがいやなら、異動するか会社を辞めるか、そんな行動しかなくなります。

人間の行動基準については、L研リーダースクールの初等コミュニケーション科で学べます。

ひとつのケースをご紹介しましょう。

■新しい営業所長が異動してきました

いままでの所長は、訪問計画書をさっさと書いて、すぐに外回りをすればよかった。計画書や報告書は薄ければ薄いほどよいと言っておりました。それに、事務所に営業マンがいると怒り出しました。

ところが、こんどの新任所長は、きっちりした計画書をつくらせ、しかもそれぞれについて微に入り細に入り質問するのです。

その質問がまたねちっこい。そんなことを聞いて所長はそれを何に使うのか。みんな不思議に思うのですが、それがわからないと不安らしいのです。おかげで営業マンは外回りをする時間がとれないとぼやきだしました。

前の上司は5種タイプの行動家。新任所長は2種の頭脳派でしょう。感受性タイプによって、求めるものや好みが違ってくるのです。そういうことを学んで、的確に相手の感受性を判断し、相手の行動基準に沿って説得したり話をするのが人間行動学です。

人間の行動基準はちょっとのことでは変えられませんから、相手の感受性に従って、こちらの意を述べるなり行動しないといけません。