負けず嫌いの人を説得したケース

相手の考えを変えることは難しい、というより不可能なことです。

他人ができることは、新しい考えが、相手の信じる価値基準にふさわしいものだと納得させることしかありません。

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以下は、コーチングの神様として著名なマーシャル・ゴールドスミス氏の著書『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』から引用しました。

「ジョンはCOOの最有力候補だったので、CEOは私に太助を求めてきた。彼の性格のとげとげしい部分を柔らげる必要があった。

ジョンの問題は勝ちたいという気持ちが強すぎる点だった。つねに直属の部下よりも一歩先んじようとしていることからもそれは明らかだった。彼は自分の提案の方が優れているとして、いつも部下のアイデアを訂正したりした。」

ゴールドスミスがこの厄介な人物を変えた方法は、結局このようなものでした。

「彼を変わる気にさせたのは、そうしないとライバルに遅れをとるというおぞましい考えだった。すばらしく高潔な動機とはいえないが、人が変わろうとする理由を私は問わない。私の関心は、彼らが変わること、それだけだ」

私の人間分析学からすると、こういうタイプは捻れ型といって、勝ち負けにとてもやかましいタイプです。このような人に勝ち負けを気にするなといっても無理なのです。

ですから、ゴールドスミスがやった「このままでは負けるぞ」と説得することが唯一の方法だったと思います。

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■人間分析のテキスト

佐藤直曉著『リーダーの人間行動学』では、人間の行動基準パターンとその理論を紹介しながら、歴史上の人物の行動分析を行っています。扱っている人物は、南極探検家スコット、乃木希典、空海と最澄、ショパンとジョルジュサンドです。 いずれも、極めてユニークな個性の持ち主ですので、特徴がわかりやすく、理解しやすくなっています。各人物には、それぞれ質問を用意してありますので、読者はそれを考えれば、一層人間分析の意味が理解できるでしょう。本書はL研リーダースクールの人間分析科のテキストです。

リーダーの人間行動学の立読みはこちらから

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)

本書はL研リーダースクールの通信講座初等科Ⅰのメインテキストです。初等科Ⅰでは、人の心を動かす訓練としてほめる訓練を実践していただきます。この講座は、受講生に技術的アドバイスを行うとともに、受講生の成長を見守っていく実践型プログラムです。

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看護職場で人間関係に悩む人

今日は看護師のお悩み相談のサイトから題材をとりました。先輩とうまくいかない後輩看護師さんのこんなお悩みが載っています。

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「少しでも役に立ちたいと思って自分に出来ることを探し、
必死に働こうとすると「余計なことはしなくて良い」との言動を受ける。
手を出して怒られたから・・・、と大人しくしていると
『動こうともしないで、役立たず』と責められる・・・。

動いても、動かなくても責められる・・・

いったいどうして欲しいのか、理解不能です。
『手を出すな』と言っておきながら『手伝え』は矛盾していると思います。
そんなことは不可能です。

このような先輩に対し、どのようなお付き合いをするのが最良なのでしょう。
因みに『手伝えることはありますか?』と聞いても『ない』と言われます。

同じように悩んでいる方の他、後輩に対してこのように接している方から
意見を頂きたいです。」

理解不能。どうして欲しいのですか?(動いても、動かなくても責められる・・・):看護師お悩み相談室

この相談に対して割りと多かった回答は、「手を貸すタイミングをもっと考えた方がよい」というものです。

そうなんんでしょうね。

読んだ印象では、この先輩看護師は9種的だと思いました。愛情は非常に深いので、看病人に対しては非常に尽くします。

ただ、9種は自分でなにもかもやらないと気がすまない。人に手出しされるのをとても嫌います。だから、人が看護にのこのこやってくるのを毛嫌いします。

それと、「察せよ」という感じで、人に絶対いちいち説明しない。独断と偏見の人といえます。

こういう人は“相手の気持ち“に非常に敏感なたちなので、相手の気がこもっていないと受け付けません。その代わり、気がこもっていると非常に喜びます。

一生懸命先輩の姿を観察して勉強しよう、技術を盗もう、というような態度を見せれば、喜んでくれるでしょうね。

L研リーダースクールの初等科1と初等科2を卒業した方には、人間分析科で人間の見方をお教えしています。これを勉強すると、相手が見えてきて人間関係が随分楽になるのですがね。

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■人間分析のテキスト

佐藤直曉著『リーダーの人間行動学』では、人間の行動基準パターンとその理論を紹介しながら、歴史上の人物の行動分析を行っています。扱っている人物は、南極探検家スコット、乃木希典、空海と最澄、ショパンとジョルジュサンドです。 いずれも、極めてユニークな個性の持ち主ですので、特徴がわかりやすく、理解しやすくなっています。各人物には、それぞれ質問を用意してありますので、読者はそれを考えれば、一層人間分析の意味が理解できるでしょう。本書はL研リーダースクールの人間分析科のテキストです。

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)

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なぜリーダーの発言がぶれるのか

コミュニケーションというのは信頼関係が第一であると私は考えています。それがないと、いくら言葉を労しても、説得はできません。

そして、信頼関係は約束を守る、言葉が変わらない、ということにその元があるといえます。

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その点、維新の会代表代行の橋下さんの言葉は相変らずぶれまくっていて、選挙後もそれがまだ続いています。

リーダーの意見がぶれるのは、大きなマイナスです。なぜぶれるのか。橋下氏の場合はその感受性に原因があります。

その前に、ことの成り行きを見てみましょう。

「16日夜、首相指名選挙への対応をめぐり、橋下氏は関西テレビの番組で『自公両党でこれだけ(衆院の)議席を獲得された。それに従うのが民主主義だと思う』と述べ、1回目から自民党の安倍晋三総裁に投票する意向を示唆。

これに対し、石原氏はテレビ東京の番組で『それはちょっと違う。そんな話は聞いてない。政党の沽券にかかわる』と強調し、いったんは自身への投票が望ましいとの考えを示唆した。」

結局、18日、松井一郎幹事長らが特別国会での首相指名選挙で石原慎太郎代表への投票方針を決めた。橋下氏は、このことについて、『安倍晋三自民党総裁の方に乗っかってしまうと、初めから内閣不信任案の提出権を放棄したことにもなる』と述べ、賛意を示した」

橋下氏は、目先の小利にすぐとびつきます。また、ムダなことはしたくない性分なのでしょう。だから、負けると分かっている自党の候補を首相に指名するなどムダこのうえないことだと思っている。そんなことをするくらいなら、自民党に投票して近づきたいと思ったのでしょう。ダメもとでもいい、ムダ票にするよりましだ、くらいに考えていたと思います。

念頭には、次期参議院選挙で知事が立候補出来る法案を次の国会で通したいことがあるはずです。また、道州制の進展に関連する法案のことも頭にあったのでしょう。それで、自民党にすりよったつもりだったのでしょう。

現実主義者の面目躍如です。大飯原発の再稼働にあれほど反対していたのに、ころっと容認したのと同じ行動です。

また、理念が一致しないところとは組まないと言っていながら、太陽の党と組んだのもそう。

その意味では、行動は一貫しています。

大きな利益を計算できずに、目先の小さな利益ばかりをそろばんで弾いている。しかも、それがいつも見え見えなのです。その脇で、信頼感がどんどん失われています。

この人は、まだ政治活動における信頼性の重要性がまだ理解できていません。これから橋下さんを支持する人は、いざとなったら裏切られることを警戒していた方がよいでしょう。

ほめるのが嫌いな人とは2

選手をほめない理由

なぜ、野村さんは選手をほめないのでしょう。彼はこんなことを言っています。

1.ヘタにほめると、「なんで、この程度のことでほめるの?」と、思われかねない
2.「ナイスプレー」や「ナイスバッティング」は、誰が見ても同じことだから、ほめたことにはならない
3.相手の考え方や意見をほめるのは、なかなかできない
4.むしろ、欠点を指摘するほうが簡単である

さて、今のところを読んだ感想はいかがでしょうか。まず、①の「ヘタにほめると、『なんで、この程度のことでほめるの?』と思われかねない」について考えてみましょう。

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どんな相手でもそうですが、ほめるときには、相手が言ってほしいと思っていることをピタリと当てて言わないと喜びません。中途半端なほめ言葉は、心に全然響きません。これは定石ですから、よく頭に入れておいて下さい。

ですから、もし相手にふさわしい言葉でほめることができないのであれば、野村さんの言い分どおり、相手は「なんで、この程度のことでほめるの?」と思うでしょう。

ところで、野村さん自身は、どんなことをほめられたいのでしょうか。それが、どうやらあまりほめてほしくないようなのです。

野村さん自身の関心事は技術の向上だと思います。その証拠に、選手時代、②の「ナイスプレー」や「ナイスバッティング」のようなほめられ方をされても、ちっとも嬉しくなかったと言っています。その程度の言葉では技術は全然向上できないと、野村さんは思っていたのでしょう。野村さんはそんな中味のない言葉より、もっと具体的な欠点とか改善点の指摘がほしかったのだと思います。

ですから、安易なほめ言葉を使う人を「能力がない人間だ」と、野村さんは軽蔑したくなるのです。人のことをそう思うくらいですから、当然自分もそうしたくないはずです。そこで、野村さんはあまり選手をほめないのではないでしょうか。

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

本稿は、佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)の一部です。

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ほめるのが嫌いな人とは

選手をほめない監督

どうやら、野村さん(注:プロ野球の名監督のこと)は、選手をほめることが下手な指導者のようです。

野村さんは、ご自分の著書のなかで、「ほめて育てるという育成法をとったことがほとんどない」とまで書いておられます(ただし、これは楽天監督に就任する以前の話です)。

野村さんは人をほめるのがよほど苦手なのでしょう。ですから、「五つほめて、三つ教えて、二つ叱る」という学校教育の基本を小学校の先生から聞いたとき、複雑な思いにとらわれたそうです。

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ヤクルト・スワローズの監督時代も、野村さんは自分のスタイルをひたすら通しました。私にも覚えがありますが、監督の試合後の談話を聞いていると、選手のことを皮肉ったり、バカにしたり、それはひどいものでした。

テレビで聞いただけの私ですら、あんなにネチネチやられたらたまらないだろうなと心配したぐらいです。ですから、頭にきてやめた外人選手もいたと聞いています。

ところが、古田捕手はテレビのインタビューで、こう言っていました。
「野村監督は絶対に選手をほめませんよ。選手を徹底的にけなして、反発心、反骨心が出てくるのを期待しているんだと思いますよ」

このコメントに対して、野村さんは「うーん、よく見ているな」と、感心しています。

野村さんはこうも言っています。
「(監督に対して)『なにくそ』と反発し、それをエネルギーにしてほしい――と、願っていました」

選手をほめない理由

なぜ、野村さんは選手をほめないのでしょう。彼はこんなことを言っています。

    ①ヘタにほめると、「なんで、この程度のことでほめるの?」と、思われかねない
    ②「ナイスプレー」や「ナイスバッティング」は、誰が見ても同じことだから、ほめたことにはならない
    ③相手の考え方や意見をほめるのは、なかなかできない
    ④むしろ、欠点を指摘するほうが簡単である

(つづく)

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■リーダーシップ向上に関する参考書籍

本稿は、佐藤直曉著『リーダー感覚――人を指導する喜び』(鳥影社)の一部です。

本書はL研リーダースクールの通信講座初等科Ⅰのメインテキストです。初等科Ⅰでは、人の心を動かす訓練としてほめる訓練を実践していただきます。この講座は、受講生に技術的アドバイスを行うとともに、受講生の成長を見守っていく実践型プログラムです。

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人を受容できるキャパシティーを広げる

人間行動学というのは、私が勝手につくったものですが、要するに人間を観る力をつけるためのいろいろな方策をさします。

その一手段として、歴史上の人物分析があるわけです。乃木希典、源義経、織田信長をとりあげ、その異常行動を中心に人間分析をしてみました。

異常行動というのは、その人らしくない行動という意味です。

その人にとっての通常行動は、感受性のセオリーからある程度導き出すことができます。これについては『行動分析の手引』という資料があります。

ところが、人というのは時々、その感受性のパターンから外れたように見える行動をとるわけです。

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乃木希典などは特にそうですね。それで、乃木将軍の研究者松下芳男さんあたりは、『乃木希典』(人物叢書新装版)で「不思議だ、不思議だ」と首をひねっているわけです。

そういうのを見つけると、私は俄然はりきってしまう。結局、全然異常行動ではないんです。異常に見えるのは、乃木将軍の感受性を正確に把握していないからだと、私は思っています。

乃木将軍の軍事行動にも、ときどきへんなのがあって、超有名な研究者である大江志乃夫先生あたりは「とんでもない将軍だ」と言っております。

「とんでもない将軍だ」というのは私も同感ですが、「とんでもない」行動は大江先生が言っている理由で起きているわけではありませんね。

しかし、それが起きている理由を説明できると、司令官としては無能な人だったとますます思ってしまいますけれどもね。

義経については、判官びいきのイメージがあって、得をしていますね。実体を観ると、とてもそんな人ではありません。戦闘の鬼ですね。

鬼だから、鵯越の逆落としのような乱暴なことができた。ところで、この逆落としが実際にどこで起きたのかは、諸説あるのです。

そこで、私は義経の性格から考えて、その場所を特定しました。もっとも、いまでは証明などできませんけれど。

信長はいちばんわかりにくい人物ですね。

信長の革新性は誰もが認めるところでしょうが、あの虐殺のひどさを知ると、みんな信長のことを嫌いになってしまいます。私も、正直ついていけませんね。

戦国時代ですから、現在の平和ぼけしている我々の感覚ではなかなか捉えにくいことは確かです。しかも、信長という人物は、その戦国時代でも特に過激な人物でしたから。

それにしても、どうしてあんなことができたのか。ほかの戦国武将はそこまでひどいことはしておりません。おそらく、9種的な特徴があったのではないかと考えます。ヒトラーと似たところです。

それからすぐキレるところ。これは5種的。

5種は、ヒステリー症状になることがありがちなのです。もちろん、すべての5種というわけではありませんが。

5種は余剰エネルギーが鳩尾でつかえ、ここがカチカチになって、非常にヒステリックになるときがあるのです。

天下布武というようなたいそれた望みを持つと、たいへんだったのは分かります。いつもイライラしてたんでしょうね。

それと、5種というのは自分から体を動かしたがるタイプなのです。戦争でも先頭に立って戦うタイプなんです。

ところが、晩年になると、信長はヘッドコーターに詰めて、部下に指示することになります。中国は秀吉に任せ、北国は柴田勝家に任すというようにですね。

こういうことになると、自分のエネルギーをもてあましてしまう。

ふつうの人でも、有能だった社長が引退して隠居のような生活になると、エネルギーがあまって、家族に八つ当たりをしたりすることがよくあります。暇なのはよくありません。60過ぎで定年になっても、何かやったほうがいいですよ。

また、そういう人は退屈しのぎかどうかしりませんが、自分の体をこわすようなことまでするときがある。無意識に病気になるんですよ。これがいちばん恐いですね。慢性病には、そういう潜在意識的なものがあるそうです。

信長なんかは、このヒステリー症状だったのではないか、と私は考えました。

こういうことがいろいろわかってくると、対人関係であまりストレスを感じなくなるものです。

「ああ。この人はこういう人なんだ」と思えるようになります。それだけ、キャパシティーが大きくなるのです。

人づきあいが楽になりますね。人付き合いで苦労している人は一度お読みください。

リーダーの人間行動学の立読みはこちらから

感受性分析は人間関係をよくする最後の知識

人間には相性というものがあり、なかなかしっくりいかない人、あった瞬間に通じ合える人、というのがあるのは事実です。

リーダーとサブリーダー、リーダーと部下、教師と生徒、どんなケースでも相性が影響を与えます。

相性の悪い人に対応する場合は、まず相手の行動基準を把握することに努めるべきです。

相手が「こういう人なのだ」とわかれば、腹の虫もおさまりやすいでしょう。また、対策もたてやすくなります。

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たとえば、信長はたいへん猜疑心の強い人でした。あるとき信長の命令に秀吉は違反した。

このとき、秀吉配下の蜂須賀小六あたりは、恐怖にとらわれたそうです。

秀吉は、城の門をあけて、どんちゃん騒ぎをしたそうです。下手に門を固く閉じて謹慎の姿勢でも示そうものなら、戦う準備をしていると疑われてしまいます。

秀吉の人間察知力は相当なものだったのでしょう。なにしろ、信長の下で生き延びたわけですから。

一方、相性がよいというのも、実はケースバイケースということがよくあります。

たとえば、家族のように密接につきあうのはどうもいやだが、仕事ではお互いがカバーできると認めている。だから、あえて距離をとり、仕事の仲間として付き合うということもありえます。

というより、実際はこういう例の方が多いかもしれませんね。

よい人間関係とは、密着した関係でなければいけないように思う人がいるかもしれませんが、適当に距離を置いた方がよい関係があることも知らないといけません。

この場合も、行動基準を把握すれば、どのような関係がベターかが理解しやすくなります。

人間の行動基準とは究極的にはその人の価値観そのものでもあるわけです。したがって、我々はそれを素早く的確につかむ訓練をすればよいことになります。

これに関してはすでによい理論があるので、これを勉強していけばかなりのレベルまで達します。

簡単に言えば、人間の行動基準は10種類です。 そのなかのいくつかを紹介しましょう。

 
・理論とか理屈が好きで、名誉に敏感なタイプ
・好き嫌いの感情で行動するタイプ
・利害とか損得勘定で行動するタイプ
・勝つか負けるかで行動するタイプ
・愛の感情で行動するタイプ

相手がどのタイプかわかるようになると、営業でも対人折衝でも、とにかく非常に楽になります。 といっても、これはかなり奥が深いものです。それぞれについて、細かい行動分析、体形、かかりやすい病気などが知られています。

勉強する価値はおおいにあります。

ここをお読みください。 私の言っていることのイメージが多少つかめると思います。

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■人間分析に関する参考書籍

佐藤直曉著『リーダーの人間行動学』は、人間の行動基準パターンとその理論を簡単に紹介しながら、応用として、歴史上の人物の行動分析を行っています。歴史上の人物には極めて強い個性をもっている人が多く、そのため特徴がはっきりでやすく、人間分析が比較的容易です。したがって、勉強材料としてとてもよいのです。

扱っている人物は、南極探検家スコット、乃木希典、空海と最澄、ショパンとジョルジュサンドです。 いずれも、極めてユニークな個性の持ち主ですので、特徴がわかりやすく、理解しやすくなっています。

各人物には、それぞれ質問を用意してありますので、読者はそれを考えれば、一層人間分析の意味が理解できるでしょう。

リーダーの人間分析講座,コミュニケーション力をつける-リーダーの人間行動学

立読み

相手の立場で考えるさいの盲点

相手の立場に立って考えよ、というのはよく聞かれる言葉です。

それに関連してですが、「役割交換法」というものがあるそうです。

異なる意見を主張する2人が、立場を交換して発言するという手法です。

こんな感じでやるのだそうです。

上司のAさんは部下のBさんに資料を集めてもらおうと思いました。そこで、Aさんは「よさそうな資料を集めてくれ」とBさんに命じました。

しかし、その指示にBさんは納得できません。

「どうしていつも曖昧な依頼しかしないんだ」と腹を立てる。

こんなときに「相手と立場を交換し、意見を主張してみる」という試み。これが役割交換法です。私はこの方法をあまり信用していませんが、こんな感じでやるのだそうです。

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たとえば、AさんはBさんの立場で、「Aさんが具体的な指示を出してくれないから、どんな資料を探してくればいいか分からない」と、Bさんの言いたいことを言います。

一方、BさんはAさんの立場で、

「おおまかに資料を集めてくれれば、その中から必要な資料を考えられるかもしれない」

と、Aさんの考えが理解できてきます。

こんなことを繰り返していくと、お互いのことがだんだん理解できてくるというのです。

やがて、Aさんも

「良さそうと思える基準がまったくない状態では、資料を集めようと思っても何から手をつけてよいか分からないだろう」とBさんの問題に気づくかもしれないというのです。

なるほど、そういうふうに心理カウンセラーさんは考えるんですねえ。

しかしですねえ、こんなことを現実の社会でやりますか?

意見対立をしてカッカしている人たちが役割交換法をするなんて、私にはとても思えませんが。

部下はやってもいいと思うかもしれませんが、上司は絶対拒絶するでしょう。

あるいは、いまの役割交換法を1人2役でやる方法もあるそうです。これを行うと、上司の立場や部下の立場が理解できるそうです。

まあ、こちらの方が上の方法よりいくらかは現実的でしょう。

しかし、相手の立場に立つだけでは問題は解決しないだろうと私は考えております。

そもそもこの問題には二つの問題が隠されています。

ひとつは、Aがリーダーとしての資格がないことです。問題を把握できず、部下に的確な指示ができない可能性がありますね。もしそうなら、こういうリーダーは、辞めてもらった方がいい。

もうひとつの可能性は、上司が自分の行動基準を部下に押しつけてしまう癖です。

いくら相手の立場に立っても、自分の価値観、自分の感受性、自分の行動基準で立っていたら、相手の行動が理解できるはずなんかないんです。

上の例でいえば、Aは性格的に大ざっぱなところがあるかもしれない。あるいは、あまり頭で考えずに体が先に動くタイプかもしれません。

一方、Bは几帳面なタイプで、言われたことはそつなくこなすが、言われないことには行動できない融通のきかないタイプかもしれません。

そういう人間分析をきちんとしたうえで、AはBに指示を出すべきなんです。

自分と同じ行動基準で動くはずという錯覚を人はよくやるんです。これが立場分析の危ういところです。

私ならBにこう言うかもしれません。

「これこれこういう理由で資料が欲しいので、その目的にかなうように資料収集をしてくれ。特に、これとこれとこれのポイントは、はずすな。キーワードは、●と△と□だ」

もし、長年一緒に仕事をしていて話がツーカーなCであれば、「悪いが、あれいつものようにやっといて」くらいでも通るかもしれません。

勘がよく信頼のおけるDには、「任せるから、好きにやってくれ」でいいかもしれない。

相手を見て指示を出さなければいけません。全部Dのような指示を出したら、ほかのタイプはひっくり返ります。いずれにしろ、この例は上司の方に問題があると思います。

言いたかったことは、相手の立場になるというのは実は中途半端なことだということです。さきほどのAだったら、「俺がBの立場なら、しのごの言わず、すぐに資料集めに走るのに」くらいしか思いつかないかもしれません。

ともかく、相手の感受性を理解せずに、また人間分析をせずして、相手の立場に立つことはかえって害を招くくらいに私は考えております。